2022年07月10日

オビワンのドラマ

ディズニー化したスターウォーズは私のようなオールドファンにとっては奇妙だったけど、最近のドラマものは違和感をそれほど覚えませんでした。『マンダロリアン』とか『ボバ・フェット』はとても面白かった。7・8・9の映画は作っている人もどことなく制約があるというか、どこか不自由な印象だったけど、ドラマだと好きな人たちが好きに作ってみました感があって良かったです。

私はオビワンのファンなので、今回の『オビ=ワン・ケノービ』もとても楽しみでした。ユアン・マクレガーは年齢的に同年代に近いせいか勝手に親しみを感じており、その演技もアクションも最高。今回のドラマは賛否両論でしたが、私は満足でした。敢えて言えば、戦闘シーンはもう少し工夫があっても良かったかな。私のようにスターウォーズとか、あとガンダムとか戦隊モノとか、そういう空想戦闘シーンに慣れている者からすると、ちょっと物足りなかったというか、なんだか変に思えたんじゃないかなあ。

でもオールドファンにとっては、やはり4からスターウォーズを見ているので、そこにどうやってドラマがつながるのか、オビワンがなんでああいう達観した感じになっていったのか、その過程がとても大事だと思うんですな。戦闘シーンや、他にもやや怠い感じの運びはあったけど、オビワンの内面がとてもよく表現されていて、その点は満点だと思います。オールドファンだからとか、そういうことではなく、どのスターウォーズから見始めたかによって、今回のドラマの評価は変わるように感じました。

人は誰しも過ちをおかすものであり、その呪縛からどう脱していくのかというのは人生の課題です。仏教では人の行為やその影響力は自分の心に記録され、そして未来を形成する種になると説きます。善悪どんな行為であっても、自分自身の心に根をはっているわけです。だから苦しい。種からどんどん芽が出てきて自分自身を苦しめるのです。オビワンも苦しんでいました。愛弟子のアナキンが悪に走ったことについて、自責の念にかられていたのです。

しかしアナキンも自分自身の行為によって、そのように悪の存在になったのです。まさにアナキン自身の問題なのです。アナキン自身が自分で解決せねばならない。オビワンの出来ることはただ1つ。自分自身の信念にもとづき悪を許さず行動することでしょう。そこにオビワンは気づいたからこそ、大きな前進を得ることが出来たのだと思います。非常に的確な内面描写であり、坊さんとしても楽しめたオビワンのドラマでした。

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2022年06月29日

暑い、境内掃除は朝

もう6月も終わりますね。しかし梅雨明けとは、正直驚きです。40度なんていう報道でも驚きなのに、もう梅雨明けとは。なんとも時代の変遷を痛感します。これが地球温暖化の影響なのかは分かりませんが、40年前、私が小学生だった頃と比べ気候が変わったことは確かなようです。こんな暑くなかったなあ。

地球の歴史を振り返りますと、何事も変化に対応できたものが生き残るそうです。しかし人は変化に対応するのが苦手でしょう。昔がよかったとか、前例にないからとか、そういうのとくに日本人好きそう。とくに私。選挙ポスターの掲示板を見ても、う〜む、なにかのタレントショーの案内かなと思ってしまいます。マジックショーとか。でも、これが今なんですよね。

仏教では諸行無常と説きまして、世の中は常に変化していると洞察します。あたり前と受け取れるかもしれませんが、敢えてあたり前を説くには理由があります。それは人が変化に鈍感で対応するのが苦手だからです。戒律も同じ理屈で説かれます。なかには守れそうにないものもある。嘘つくなとか。口だけじゃないですよ。心で嘘ついてもダメ。私には無理です。しかし、守れないから敢えて説くのです。これには抑止の意味合いもあるわけです。

今日も暑いので朝に境内掃除をしました。日中は厳しい。植木屋さんが入ってくれていますが、とても大変そうです。小田原の安藤造園さんです。いつも有難うございます。

境内の木々を見ていますと、本当に諸行無常を感じます。もうしょっちゅう落葉。いろいろな植物が育ってますので、種類によって落葉季節がバラバラなのです。真夏と真冬のほんの少しだけは何も落ちません。今は竹が終わりまして、銀杏の新しい葉の弱いところが落ちます。銀杏の葉っぱはやっかいで、泰山木と並んで集めるのが面倒な葉です。たいていのお寺には両方あります。

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2022年06月22日

永代供養墓のご案内

善福寺の永代供養墓は1名様15万円(合葬)からとなります。ほかにも夫婦墓タイプ(個別墓)の永代供養墓もございます。ご供養には様々なお悩みがあろうかと思います。善福寺ではどんな些細なご要望にもお応えいたしますので、ご遠慮なくご相談いただければと思います。下記は永代供養墓の詳細となります。

善福寺永代供養墓
http://www.zempukuji.or.jp/eidaikuyoubochi

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2022年06月10日

お参り用の車

会社法人ですと、社用車としてメルセデスベンツやレクサスを購入することが出来るそうです。社長さんが得意先を接待することもあるでしょうし、ごくあたり前のことかと思います。社長さんがある程度豪華な車に乗っているということも、会社の信用に関係することでしょう。

宗教法人でも業者接待の必要性がないわけではありませんが、頻繁にはありません。そもそも商売をしているわけではないので、宗教法人にも商売という側面があるとはいえ、業者接待は宗教法人設立の本旨からは外れてくると言えます。宗教法人の本旨はその宗教を信奉する人々を教化育成し、さらに伝道布教に努めることにあるからです。

と言うことで、宗教法人ではお参り用の車を購入することは可能です。軽自動車の住職も多いですが、私は剛性の面で軽自動車にやや不安を感じるので、高速も乗ることを考えて小型車にしています。門信徒の皆さんを送迎する必要があれば、中型や大型の車でも購入が可能かと思います。ただし、メルセデスベンツやレクサスですと、必要以上に豪華と当局から指摘されることもあるでしょう。

私の場合、近所は山で急坂も多いのである程度のパワーがあり、なおかつマニュアル車であることが望ましいのです。四輪駆動であればなお良し。そして小型でないと狭い道に入れませんので、軽自動車並みのボディサイズが求められます。以前はヴィッツに乗っていましたが、やや大きかったです。門信徒の皆さんの送迎をすることはないので、乗車人数は2人でも4人でも問題ありません。

ちなみに車好きなので、外見にもちょっとこだわりがあったりします。まあ、二の次ですが。

こうした条件を完全に満たす車はなかなかありません。今、ある車を検討中ですが、四輪駆動の用意がされていません。お寺はそもそも急坂なので、雪が降ると二輪駆動だと完全にアウトです。う〜む、非常に悩んでいます。しかし、車は何を買おうか悩んでいる時が一番楽しい。ワクワクします。

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2022年05月31日

古いままで新しく

古くて権威的で威張っているお寺なんて嫌ですが、だからと言って柔らかすぎてもお寺っぽくないような気もします。住職がいつもTシャツ普段着ってのも、そりゃ親しみやすいかもしれないけど、それ以上ではないと思います。

アナログなお寺も今の時代遅れているように感じますが、だからと言って何でもデジタルってのも、う〜む、良いようで違和感あるかもしれません。心の安穏、さらに言えば魂の安穏というのは、果たしてデジタル空間で満たされるものなのでしょうか。

人がデジタル空間と直接接続される時代が来れば、それもあるかもしれません。しかし、その時代はまだ来ていません。いつか来ると思いますが、まだでしょう。

お寺であっても時代や社会に取り残されてはいけませんが、迎合するだけではお寺の持つ社会的意義は失われることでしょう。

古さっていうのは、ときに心の安穏、魂の安穏を満たしてくれるようにも思えます。古いままで新しくなっていくことがお寺には必要なのかもしれません。

posted by 伊東昌彦 at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii