2024年01月23日

多様性ということ

仏教は個人宗教なのでいつでも仏様と私の一対一です。皆が一色に染まりましょう、ということはありません。私は私の色のままでいい。仏様がそれに合わせてくださいます。それぞれが別々な色を放つのは当たり前のことです。なぜならば、私たちの業(行為とその影響)というものは、他者からの影響も受けるとはいえ個人的なものだからです。私たちは自業自得のなかで生きており、善いことも悪いこともすべて自分に付着します。他者と同一になることはあり得ないのです。仏様はそんな私たちそれぞれに合わせ、はたらきかけてくださいます。あなたのままでいいのです。

こうした考えは、まさに現代的な多様性を認め合う考えに合致します。色々な性格、色々な生い立ち、色々な人種、同一なんてことはあり得ません。日本人の宗教観、もう少し広く言えば感性というものは、まさに多様性を認め合うものです。神仏もたくさんいらっしゃるでしょう。何でも色々なのです。違っても衝突しません。皆が同じ方向を向けという時代も一時的にはありましたが、長続きはしていません。

ただ、これは勝手を容認しているわけではないのです。多様性を認め合うと同時に、それらが調和していないと居心地が悪い。和を重んじるのが私たちの感性でもあります。『無量寿経』には「風吹きて、華を散らして、仏土に遍満す。色の次第に随ひて雑乱せず」と説かれます。色々な華が風に吹かれて絨毯のようになっても、それぞれの色が勝手に雑多にあることはない、ということです。色はそれぞれであっても、ちゃんと調和している状態が理想的です。

多様性と和は、私たち日本人が長年に渡って大切にしてきた感性です。日本人は意外と自分たちのことを知りません。外国の方と交流を深めるためには、まず自分たちが自分たちのことを知らなければ、実は相手のことをしっかり知ることもできません。単なる迎合は交流とは言えないからです。

日本の国際化というものは、多様性と和によってもたらされると私は思います。


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2024年01月13日

生死こそ、一大事

新年早々にインフルエンザ感染しまして、年末のコロナ感染に引き続き、不甲斐なく臥せっておりました。インフルエンザは本当に何年ぶりかなという具合です。感染防止も意識が薄らぎ、周囲の状況への注意も怠っていたと思います。今一度、自覚をもって日常を送りたいと思います。

今年は元旦から災害事故が続いております。対岸の火事ではなく、他でもない自分自身における生死の問題として、真摯に受け止めていきたいと思っています。生死こそが一大事であり、それ以上のことはありません。しかし、私たちは普段、この一大事を先送りして生きています。生きることは死ぬことです。ちゃんと自分事として考えていきたいと思います。 合掌


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2024年01月02日

箱根駅伝、学生たちの健闘を念じます

今日は箱根駅伝ですね。神奈川県の人には馴染み深いかなと思います。私も幼い頃から父がテレビ観戦していたのを思い出します。かつてはコース上にある箱根登山鉄道の踏み切りが閉まってしまったりと、ハラハラして観戦したものです。檀家さんには実際、選手として走った方もいて、やはり土地柄なのか盛り上がります。


ただ、最近の過度とも思えるエンタメ化には、やや違和感を覚えてしまいます。私の頭が固いのは承知の上なのですが、学生スポーツは教育の一環です。結果的に大学の宣伝にはなりますが、それが目的になってしまうと本末転倒。学生は宣伝の駒ではありません。学生の本分は、あくまでも学業です。

少子化のなか、大学はどこも生き残りをかけて懸命であるのは理解できます。しかし、大学は学問を通じての人間形成、さらに言えば社会に有為な人材を育てることが使命です。エンタメ化した学生スポーツのなかで学生が育つことに、大学生であることの意味を感じることが出来ません。

敢えて言えば、大学でやらなくてもいいじゃんと。エンタメしたいんだったら、別のとこでやりなよ。学生スポーツは「演出」で感動するわけではないでしょう。

私立大学であっても国から助成金を受けています。エンタメ化した学生スポーツで宣伝し、大学が「商売」をするために助成があるわけではありません。履き違えている経営陣が多いように感じます。だから問題が発生するんじゃないかなあ。これは宗教法人であっても同じで、税制面の優遇を受けることの意義を住職は真摯に捉える義務があります。

そもそも会社法人以外、すべての法人は「商売」が主目的じゃないだろ。定款や寺則に書いてある。どんな法人でも商業的側面があるのは否定しないし、そうでなければ運営できない。しかし、「目的」は別にある。スポーツ推薦の学生であっても、ちゃんと厳しく進級審査するのがあたり前。入試のハードルは一般入試と異なっても、同じ大学生なんだから扱いは同じじゃないと、実はその学生のためにならない。学業していないのに社会に出したらいかんでしょ。

ちなみに、私は駅伝が好きなので複雑な思いなのですが、昨今、日本の陸上競技、とりわけ中長距離が振るわないのは、高校生や大学生が駅伝を花形だと思って集中しすぎるからなのでは。駅伝は日本独自の種目のようですし、今のような過度な箱根駅伝エンタメ化が、世界で活躍できる選手を少なくしているような気がしてなりません。まあ、これは色々な方も仰っていることなのですが、個人的にもそう思えます。

そして、これは甲子園も同じでしょう。甲子園で投げすぎると肩を壊すとは昔から言われています。甲子園も過度のエンタメ化です。批判ではありませんが、出場校に公立高校が減ってきているのは、それを如実に示していますね。私立高校の宣伝の場です。出場している高校の母体は、意外と巨大な学校法人だったりします。盛り上がれば何でもアリというエンタメ路線は、主体であるはずの高校生や学生のためになっているのか、大人はちゃんと考えないといけない。


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2024年01月01日

令和六年もよろしくお願いします

皆様、令和六年もよろしくお願いします。今年は伝道布教の充実・拡大と、弁天堂のイメージキャラクター作成、この2つをテーマに精進したいと思います。仏法が広まれば安穏も広まるということを肝に銘じまして、修行邁進していきたいと思います。 合掌

相州善福寺 住職 伊東昌彦


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2023年12月30日

今年も有難く年の瀬です

皆様、本年もお世話になりました。しかし世界に目を向ければ、まだまだ戦争は終わらず。国土は荒廃して人々は苦しむばかり。AIがこんな人類を不要だと考える日も、SFのように本当に来るかもしれません。SFは警鐘です。こんな未来にならないようにと。

独善的な思考と、過度な拝金主義がもたらす未来は、、、容易に想像できます。

身近なところでも、何でもかんでもお金で価値を計ろうとする思考が蔓延していると感じます。コスパだけで考えたら、そもそも人生なんて歩めません。生と死はお金で換算することが出来ないからです。人生は生死に尽きるわけで、あとはおまけ。生死こそ一大事です。


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永代供養墓のご案内

善福寺の永代供養墓は1名様15万円(合葬)からとなります。ほかにも夫婦墓タイプ(個別墓)の永代供養墓もございます。ご供養には様々なお悩みがあろうかと思います。善福寺ではどんな些細なご要望にもお応えいたしますので、ご遠慮なくご相談いただければと思います。下記は永代供養墓の詳細となります。

善福寺永代供養墓
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2023年12月23日

副業しろって言われても

全国的にお寺経営がピンチだと言われる。善福寺も父まで兼業であり、たまたま私だけ専業。祖父は役場勤めの公務員で、父は会社勤め。むしろお寺が副業か!?と言われてもおかしくない割合で兼業してた。実は兼業のお寺はたくさんある。善福寺もおそらく次世代は兼業だと思う。

本山はお寺にも副業しろと遠回しに言ってくるけど、何でも良いってわけじゃない。お寺は仕方なくやっているわけではない。お寺は伝道の場であると同時に、亡き方と出会う場でもある。副業やるにしても、そこが中心にならないような副業はダメだ。

身内のことなので言うけど、子としては父の働きっぷりに感謝しているが、当時、善福寺がちゃんと上記のような場としての役割を果たしていたかと言えば、それはノーであったろう。少なくとも私にはそう見えた。実際、副業がお寺のためになるケースというのは、しっかり考えれば少ないと思う。

お寺本来のあり方に直接つながるような副業って、あるけどほんと少ない。地域のためということをあたかも金言とするならば、何でも可になってしまう。ただ、そういう類の副業というのは、たいていわざわざお寺でやらなくても出来るものであり、化けの皮を剥がせば単なる金儲けであることもあろう。

お寺がなぜ税制面で優遇されているのかと言えば、お布施は信仰心であるから、それが納税によって政権に使われたりすることを防止すると同時に、信仰心としてのお布施を信仰のためにお寺が使うべき、という意図があるからだと思う。

お寺の財産の使途は慎重になるべき。だから副業って簡単に言われても、とても難しい。信仰心を受け止められないお寺が存続しても、何の意味もない。たしかに副業を考えれば山ほど具体案が出て来るけど、経済的な助けになれば何でもいいなんて言うのは、笑止千万な話である。

お寺がお寺であろうとすればするほど、副業なんて出来ないんだよね。

次世代どうしようか。困ったなあ。


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