2022年11月06日

『御伝鈔』下巻第三段「弁円済度」

尊顔にむかひたてまつるに、害心たちまちに消滅して、あまつさへ後悔の涙禁じがたし。

今回は『御伝鈔』のなかでも有名なシーンとなりまして、山伏の弁円(べんねん)が登場いたします。皆さん、山伏のイメージはどんなでしょう?頭には頭襟(ときん)をかぶり、体には六つの房のついた結袈裟(ゆいげさ)をし、手には錫杖(しゃくじょう)や法螺貝(ほらがい)を持っている。歌舞伎で演ぜられる武蔵坊弁慶が分かりやすいかもしれません。天狗の姿も山伏スタイルに似ています。ただ、実際には何をしている人なのか、お坊さんなのかそうではないのか、意外と謎が多いなあと感じられる方もいらっしゃるでしょう。そこでまず、山伏について簡単に説明をしてみます。

山伏は日本古来の山岳信仰の行者であり、仏教伝来以前から存在していました。深山に籠ることにより自身の霊力を高め、それによる衆生救済を目的としています。祟りなどを鎮める役割も担っていたことでしょう。仏教伝来によって、とりわけ密教による修行体系が取り入れられ、加持祈祷を行う理論も整備されました。こうして確立された宗旨を修験道(しゅげんどう)と言い、山伏は修験者とも呼称されます。『御伝鈔』でこの後出てくる「箱根霊告」の舞台、箱根山も修験道の霊山であり、親鸞聖人在世当時において、山伏は意外と身近な宗教者であったことがうかがえます。なお、弁円はお坊さんでありましたが、山伏は仏教以外の系統に属している場合もあります。

山伏の弁円は、親鸞聖人が滞在された稲田草庵に近い筑波山を拠点にしていたようで、おそらく周辺の方々の信望を得ていたのでしょう。そんな弁円にとりまして、京都から来たとはいえ、新参者であるにも関わらず人々の信望を得ている親鸞聖人は、目障りな存在であったかもしれません。信者を横取りされてしまうのではという疑心にかられ、弁円は親鸞聖人に道端で危害を加えようと策謀します。しかし、なかなか遂げることができず、奇異に思いながら直接草庵に押しかけたのでした。

さてさて、草庵の玄関で出て来いと尋ねた弁円ですが、親鸞聖人は構えることもなく、自然な出で立ちで迎えられました。そのお顔を見られた弁円の心からは、たちどころに害す心が消えたそうです。そのうえ後悔の涙も流したそうですので、親鸞聖人のお顔は光り輝きまさに如来のようであったのでしょう。深山に籠り修行することは難儀なことですし、弁円にも日頃の悩みが多かったと思います。親鸞聖人に悩みを打ち明けられました。これこそ回心であり、真実の教えにめぐり遇えた瞬間です。弁円は浄土真宗に帰しまして、親鸞聖人から法名を明法(みょうほう)といただき、弁円改め、ここに明法房として門弟に加わったのでした。

(本文は『やさしい法話』9月号へ寄稿したものです)

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2022年10月21日

宗教から見える日本の人

日本では一神教(唯一の神)の宗教はあまり定着していません。多神教(たくさんの神)や汎神教(森羅万象はすべて神の現れ)のほうが日本の人には合うのでしょう。ワントップの神様に導いてもうらうというのは、どうもしっくりこない。神も仏も人も、その他の生きものや自然も共に存在する、つまり、折り合いをつけてある程度うまく日常生活を送るということのほうが重要なようです。温暖湿潤な気候に加え、豊かな農産物や水産物に恵まれ、島であることから歴史的に外敵の脅威が比較的少なかったことも影響していると思えます。唯一神による強力な救済信仰はあまり必要とされなかったとも言えそうです。

こうした事情は宗教のみならず、生き方自体にも影響を与えているかもしれません。周囲と折り合いをつけるという生き方です。日本の歴史を振り返るならば、英雄的で強力なリーダーっているかなあ。大統領制よりも内閣制のほうが合っていそうですし、皆で決めた事を皆で一丸となって一所懸命に行うというのが、個人的には日本の人という感じがします。まあ、これは私の感覚なので、バブル時代のサラリーマンを子どもながら眺めてということではあります。ただ、序列よりも和ということであれば、多くの方が漠然とではありますが理解されることでしょう。これは明らかに欧米の人とは異なる生き方かなと思えます。社長が異様とも思える高額報酬を得るというのも、なんかしっくりきません。

今、日本では働き方の変革が叫ばれています。不当な扱いは当然一掃されるべきですが、人を成果のみで計測して配置するやり方は日本で定着するでしょうか。私は懐疑的です。能力ある人を引き上げることにはもちろん賛成ですが、短期的な成果を狙う傾向が強まると周囲の和を乱します。言い換えれば、組織よりも個人が重要という価値観に陥りやすく、全体として成果を上げてきた上記のような生き方とは乖離していきます。果たしてこうした生き方を日本の人々は出来るのでしょうか。なんだか上手くいかず、余計に生産性が落ちていくような気がしてなりません。大丈夫なのだろうか。

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2022年10月12日

銀河衝突と弥勒菩薩

最近ツイッター見ていると皆さん政治的発言増えたような気がします。ツイッターだからかもしれませんが、皆さん色々と政治に不満があるんでしょう。私もありますが、生来押しつけがましい性格なのであまり人には話しません。飲み屋で女房にご高説を垂れるぐらい。政治は仏教教理のように方向が1つじゃないので難しいですね。

ところでツイッターで見たのですが、われわれの銀河は45億年後にお隣のアンドロメダ銀河と衝突し、70億年後に1つになるそうです。もうその名前もついていて、「ミルコメダ銀河」になるそうです。誰が命名したのかは分かりません。たぶんNASAでしょう。違ったらすみません。

なお仏教では、弥勒菩薩が仏としてこの世に降りて来て下さるのが56億7千万年後だそうです。と言うことは、すでに銀河は衝突済みの状態ですね。なんだか地球上も混沌とした状況のような気がしますが、そもそも救いの対象である生命がいなかったりしたら・・・。

ただし経典によれば、その時を狙ってこの世に再度生まれることを願う人々もいるらしいので、いらぬ心配かもしれません。気温とかどうなっているのか、これも余計な心配でしょう。なぜならば、環境とはその生命の業によって形成されるので、生命があるかぎり環境もそれ用になっています。

以上は弥勒菩薩によって救われたいという願いの表れなわけですが、ちょっと56億云々というのは長すぎだと感じます。5億でも大丈夫なような気もします。しかし仏教では時間に客観性はないようなので、あまり長さは関係ないのかもしれません。 合掌

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2022年10月08日

いつか帰る場所

昔、幼少のころですが、夕方5時のチャイムで外から家に帰ると、母が夕食の支度をしていた。今となっては漠然とした記憶なんですが、すごく懐かしくたまにその時に戻ってみたくもなります。これは私にとって、いつか帰る場所なのかもしれません。帰り道の夕日は今でも脳裏に浮かびます。

極楽浄土は別名、西方浄土とも説かれます。夕日の沈む西の彼方にあるそうです。懐かしい夕日の向こうには、おそらく母が夕食を準備してくれているのでしょう。私にとってはそれでいい。大変幸せな思い出ではありますが、浄土というのはそれぞれいつか帰りたい場所なのだと思います。

夕日はいつ見ても懐かしい。不思議だなあ。とくに秋の夕日は好きです。

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2022年10月01日

声明は曹操の息子、曹植による

勤行(ごんぎょう)の際、経典(偈文以外)は棒読みが多いと思いますが、経典に含まれる偈文(句数など決まりのある讃嘆文)ですとか、その他の仏典は抑揚ある読み方になる場合があります。これを声明(しょうみょう)と言いまして、中国山東省にある魚山が発祥地であると言われます。三国志で有名な曹操の息子、曹植が作り上げ、それを経典翻訳者である支謙(『無量寿経』の異訳『大阿弥陀経』の訳者)が受け取ったと伝わります。曹操は文武両道であったと思いますが、曹植はむしろ文学に長けていたようです。

戦乱の世であっても、いえ、戦乱の世であるからこそ「武」のみならず「文」が重んじられたのかもしれません。現代日本ではどうでしょう。古典文学は叡智に溢れていますが、軽んぜられている気がしてなりません。偉大な先人に学ぶことはいつの世でも大切です。

posted by 伊東昌彦 at 08:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii