2024年05月31日

台風は土砂崩れが心配

今、境内の補修を数カ所、近所の橋建設工業さんに施工してもらっています。一気に補修すれば課題も減るのですが、費用として難しいのが多くのお寺の悩みでしょう。収入に比べて境内が広いお寺が多いと思うので、なかなか手が回らないのです。

こちら壊れて直したら、あちらが壊れ始めたとか。そういう具合なので、いっこうに終わりません。そしてまた、毎年毎年、猛烈な勢いで草木は茂ります。草木は適度にあれば心地よいのですが、度を越しますとジャングルです。草木の管理は田舎のお寺ですと本当に大変です。

台風が来れば土砂崩れも心配。夏は好きですが、住職としては厄介な季節到来なのです。


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2024年05月22日

給食は日本の食事文化を学ぶ機会

地元の公立小中学校における給食の無償化について議論する場にいました。無償化はすべての児童生徒にとって有益です。そもそもなんで有償であったのか。義務教育のなかは無償で良いと思います。義務教育は保護者の義務ですが、有償だと難しい場合もあります。子は国の宝です。広い意味ではすべての大人の義務とも言えるでしょう。すべての大人が子であった時代があったわけですし。給食費は普通に行政の会計から出せば良いと思います。はじめから出していないから、あとでどう出すのか困るわけですね。

給食は栄養を考えての献立です。育ち盛りの児童生徒にとってとても大事なことは、言うまでもありません。

しかし、現場では色々と課題があるようです。坊さんとして1つ着目しているのが、「宗教上の理由」とかで献立に不満がある場合です。献立通りに食べることが出来ないので、無償であるならその補填をするのか、しないのか。「宗教」とすると狭まるので、私は「思想・信条上の理由」とすべきと思いますが、いずれにしても個々にすべて対応していたら大変です。

そして、私が言いたいのは、給食というものは学校教育の一環だということです。給食から学びを得るのです。食事の大切さもあるでしょう、そして、日本の給食ですから、日本の食事文化について学ぶ大きな機会にもなります。もちろん、外国の食事文化に触れる機会でもありますが、基本となる教育は日本の食事文化です。それは日本の気候、日本の風土、日本の文化、日本の歴史と直接関係があります。他国の気候・風土・文化・歴史ではありません。

宗教のみならず、思想や信条であっても日本では自由です。どんな権力であっても、何者であっても、それを妨げることは出来ません。

ただし、公立小中学校の給食においては、日本の食事文化を学ぶ機会ですので、もしそれが宗教・思想・信条に合わないと言うのであれば、合致する私立の小中学校に行くべきです。私立はそのためにも存在しています。いくらでも自由です。


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2024年04月27日

個別の貴重な宗教体験を

お寺の行事と言えば、人数動員して大勢で何かするというのが伝統的でした。たとえば本山への団体参拝や、末寺での報恩講など、門徒さんと一緒に出来れば大勢で行うほうが望ましいと。しかし、時代とともに門徒さんも参拝の時間が取れなくなり、お寺も地域の役目や兼職があったりして忙しいのが常態的です。

人数動員を否定するつもりもありませんが、そろそろこういう大がかりな行事に心血注ぐのではなく、こじんまりとしていても、同じように伝道布教は出来ることに気づいていきたくなってきました。

人数がたくさんで盛り上がっているように見えますと、ご法義が大いに繁昌しているかと思えてもきます。しかし、客寄せとも言えるイベントに頼っていることもありますし、費用ばかり甚大で中身がねえ、どうも本当に伝わっていますか?

本山行事への団体参拝はそれで良いとは思いますが、流れ作業のように参拝することも否めません。?、何をしに来たのかいなと?私でもなりそうです。まるで遊園地のように、何から何まで用意されており、参拝者は思い切り受け身状態です。たしかに演出はすごい費用かかっていそうですが、・・・倹約も大事です。

団体ではなく、個別に貴重な宗教体験が出来るような対応のほうが、これからは中身の濃い伝道布教になるようにも思えます。善福寺でも行事を減らしました。実際、門徒さんも忙しく動員が難しいケースもあります。大きな行事は報恩講だけにしまして、個別の体験を重視するような受け皿を作っていきたいと思っています。


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2024年04月08日

宿坊による宗教体験

今日はお釈迦様のお誕生日です。大変有難いことです。

さて、お寺も試行錯誤で将来のあり方を模索しています。善福寺ではその1つとして宿坊を検討中です。

宿坊は全国にありますが、もっと身近になって欲しいと思っています。1泊して宗教体験。禅をしたり念仏三昧したり、護摩修行もあるでしょう。法話三昧にひたるのも良いと思います。普段の生活から少し離れ、自分自身と向き合う時間を持つことは意義深いことです。宗教、とりわけ仏教は本来、そういう役目を担ってきました。

実は宿泊可能なお寺はたくさんあると思います。かつて、お寺で通夜葬儀をする際には、通夜から翌日の葬儀まで遺族が宿泊して故人を守りました。今、こうした習慣は薄らいでしまいましたが、であるならば、宿坊としての道を模索することは可能なはずです。

宿坊なので簡素で良いと思います。もっと仏教を身近に感じて、人生にいかして欲しいと思っています。なお、善福寺の場合はお風呂がありませんので、会館内にお風呂を新設しようかと考えています。


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2024年03月23日

賭け事は不得意

賭け事のことで世間を賑わせていますね。私は賭け事はしません。熱くなるタイプで賭けに弱いからです。賭けている時は不安感だけで高揚感はありません。賭け事をする人はお金儲けというより、ドキドキ感というか高揚感が好きなのでしょうか。トータルで見れば、賭け事はお金に関して非合理的なので損はするでしょう。それでも続けるということは、賭け事をすること自体を楽しんでいるのだと思います。

損をしてもいいのだ、というぐらいの心持ちじゃないと深い深い穴に落ちそうです。

ちなみに亡父は30代まで競馬にはまってました。資料もすごい量で、かなり燃えていたのかなと思います。私が小学校低学年の頃でしたか、いつの間にか競馬テレビを見なくなっていました。大負けでもしたんでしょうか。事情は不明ですが、父も性格は私と似通っているのでやめて正解であったかと思います。


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2024年01月02日

箱根駅伝、学生たちの健闘を念じます

今日は箱根駅伝ですね。神奈川県の人には馴染み深いかなと思います。私も幼い頃から父がテレビ観戦していたのを思い出します。かつてはコース上にある箱根登山鉄道の踏み切りが閉まってしまったりと、ハラハラして観戦したものです。檀家さんには実際、選手として走った方もいて、やはり土地柄なのか盛り上がります。


ただ、最近の過度とも思えるエンタメ化には、やや違和感を覚えてしまいます。私の頭が固いのは承知の上なのですが、学生スポーツは教育の一環です。結果的に大学の宣伝にはなりますが、それが目的になってしまうと本末転倒。学生は宣伝の駒ではありません。学生の本分は、あくまでも学業です。

少子化のなか、大学はどこも生き残りをかけて懸命であるのは理解できます。しかし、大学は学問を通じての人間形成、さらに言えば社会に有為な人材を育てることが使命です。エンタメ化した学生スポーツのなかで学生が育つことに、大学生であることの意味を感じることが出来ません。

敢えて言えば、大学でやらなくてもいいじゃんと。エンタメしたいんだったら、別のとこでやりなよ。学生スポーツは「演出」で感動するわけではないでしょう。

私立大学であっても国から助成金を受けています。エンタメ化した学生スポーツで宣伝し、大学が「商売」をするために助成があるわけではありません。履き違えている経営陣が多いように感じます。だから問題が発生するんじゃないかなあ。これは宗教法人であっても同じで、税制面の優遇を受けることの意義を住職は真摯に捉える義務があります。

そもそも会社法人以外、すべての法人は「商売」が主目的じゃないだろ。定款や寺則に書いてある。どんな法人でも商業的側面があるのは否定しないし、そうでなければ運営できない。しかし、「目的」は別にある。スポーツ推薦の学生であっても、ちゃんと厳しく進級審査するのがあたり前。入試のハードルは一般入試と異なっても、同じ大学生なんだから扱いは同じじゃないと、実はその学生のためにならない。学業していないのに社会に出したらいかんでしょ。

ちなみに、私は駅伝が好きなので複雑な思いなのですが、昨今、日本の陸上競技、とりわけ中長距離が振るわないのは、高校生や大学生が駅伝を花形だと思って集中しすぎるからなのでは。駅伝は日本独自の種目のようですし、今のような過度な箱根駅伝エンタメ化が、世界で活躍できる選手を少なくしているような気がしてなりません。まあ、これは色々な方も仰っていることなのですが、個人的にもそう思えます。

そして、これは甲子園も同じでしょう。甲子園で投げすぎると肩を壊すとは昔から言われています。甲子園も過度のエンタメ化です。批判ではありませんが、出場校に公立高校が減ってきているのは、それを如実に示していますね。私立高校の宣伝の場です。出場している高校の母体は、意外と巨大な学校法人だったりします。盛り上がれば何でもアリというエンタメ路線は、主体であるはずの高校生や学生のためになっているのか、大人はちゃんと考えないといけない。


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2023年12月30日

今年も有難く年の瀬です

皆様、本年もお世話になりました。しかし世界に目を向ければ、まだまだ戦争は終わらず。国土は荒廃して人々は苦しむばかり。AIがこんな人類を不要だと考える日も、SFのように本当に来るかもしれません。SFは警鐘です。こんな未来にならないようにと。

独善的な思考と、過度な拝金主義がもたらす未来は、、、容易に想像できます。

身近なところでも、何でもかんでもお金で価値を計ろうとする思考が蔓延していると感じます。コスパだけで考えたら、そもそも人生なんて歩めません。生と死はお金で換算することが出来ないからです。人生は生死に尽きるわけで、あとはおまけ。生死こそ一大事です。


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2023年12月23日

副業しろって言われても

全国的にお寺経営がピンチだと言われる。善福寺も父まで兼業であり、たまたま私だけ専業。祖父は役場勤めの公務員で、父は会社勤め。むしろお寺が副業か!?と言われてもおかしくない割合で兼業してた。実は兼業のお寺はたくさんある。善福寺もおそらく次世代は兼業だと思う。

本山はお寺にも副業しろと遠回しに言ってくるけど、何でも良いってわけじゃない。お寺は仕方なくやっているわけではない。お寺は伝道の場であると同時に、亡き方と出会う場でもある。副業やるにしても、そこが中心にならないような副業はダメだ。

身内のことなので言うけど、子としては父の働きっぷりに感謝しているが、当時、善福寺がちゃんと上記のような場としての役割を果たしていたかと言えば、それはノーであったろう。少なくとも私にはそう見えた。実際、副業がお寺のためになるケースというのは、しっかり考えれば少ないと思う。

お寺本来のあり方に直接つながるような副業って、あるけどほんと少ない。地域のためということをあたかも金言とするならば、何でも可になってしまう。ただ、そういう類の副業というのは、たいていわざわざお寺でやらなくても出来るものであり、化けの皮を剥がせば単なる金儲けであることもあろう。

お寺がなぜ税制面で優遇されているのかと言えば、お布施は信仰心であるから、それが納税によって政権に使われたりすることを防止すると同時に、信仰心としてのお布施を信仰のためにお寺が使うべき、という意図があるからだと思う。

お寺の財産の使途は慎重になるべき。だから副業って簡単に言われても、とても難しい。信仰心を受け止められないお寺が存続しても、何の意味もない。たしかに副業を考えれば山ほど具体案が出て来るけど、経済的な助けになれば何でもいいなんて言うのは、笑止千万な話である。

お寺がお寺であろうとすればするほど、副業なんて出来ないんだよね。

次世代どうしようか。困ったなあ。


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2023年11月29日

おとぎ話の当地を大切にしてね

前提として、これ人種や肌色に差別をする意図まるでないのですが、ディズニー映画の『リトルマーメイド』(実写版、2023年)では、主人公である人魚姫・アリエルを、ハリー・ベイリーさんが演ぜられました。ハリー・ベイリーさんは、おそらくアフリカ系アメリカ人だと思います。いわゆる黒人女性です。長い髪がとてもよく似合うキュートな若手です。

私が個人的に持っていた今までのアリエルのイメージは、白人女性がモデルになっています。絵本でもそうですし、そもそもディズニーアニメの『リトルマーメイド』(アニメ版、1989年)においても、真っ白ではないですがアリエルはどう見ても白人女性系でした。

アニメ版のアリエルが白人女性がモデルになっていた理由は簡単で、ディズニーのアニメ版『リトルマーメイド』はデンマークの童話作家・アンデルセンによる「おとぎ話」である『人形姫』が原作だからです。昔からのデンマーク人は白人だと思いますし、そういうデンマーク人からすれば、アリエルは白人女性というイメージでしょう。実は、実写版『リトルマーメイド』も『人魚姫』が原作です。

繰り返しますが、ここで人種や肌色についての差別を語るつもりは一切ありません。

私が言いたいことは次のようなことです。

ディズニーの『リトルマーメイド』がデンマークの「おとぎ話」を原作としているのであれば、それはたとえば日本の「おとぎ話」である『竹取物語』を原作とする実写映画をディズニーが制作したとして、かぐや姫がいきなり白人や黒人になっていたら日本人はビックリするのと同じように、デンマーク人も黒人女性系のアリエルを観てビックリしただろうなあ、ということです。

かぐや姫は宇宙人かもしれないので、そりゃまあ白人や黒人でもいいかもしれんのですが、多くの日本人は昔からの日本人的な女性をイメージしているでしょう。『人魚姫』は世界中に広がった名作ですが、デンマーク人にとっては特別な思いもあるかもしれません。『竹取物語』は世界中に広がってはいないと思いますが、同じく日本人にとっては特別な思いがあるのは間違いないとは思います。

アメリカ映画なのでデンマーク人とは言わずとも、アリエルは北欧の女優さんに演じてもらうとか、そういう姿勢であったほうが、「おとぎ話」の当地への尊敬の念が見られて個人的には嬉しく思います。ハリー・ベイリーさんも良い演技をされたと思いますが、ディズニーという会社の考えとして、「おとぎ話」の持つ魅力を大切にしてもらいたいと思っています。

かつて、『リトルブッダ』(1993年)という実写映画がありまして、お釈迦様の役をキアヌ・リーヴスさんが演ぜられました。キアヌ・リーヴスさんのお母さんは中国系の方です。お釈迦様のお顔は、実際のところ彫の深いアーリア人系なのか、それともサッパリなお顔であったのは不明ですが、お母さんが中国系であるキアヌ・リーヴスさんの顔立ちは、個人的に違和感がなく、古典や宗教への配慮が見られて嬉しかった。

アフリカの「おとぎ話」もたくさんあると思いますし、ディズニーはそういう各地の「おとぎ話」を、可能なかぎり当地のものとして再現した形式で伝えてもらいたいなあ。それこそ世界を知ることになって、相互理解が深まり、世界がつながっていくことになるように思うんだが。

イッツ・ア・スモールワールドですよ


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2023年10月03日

ヒゲ

最近、あごヒゲのある坊さん、長さ1pほどなんですが、とくに若い坊さんをよく見かけます。浄土真宗は頭髪に規制や慣習がないので、ヒゲについても規制や慣習はないと思います。伸び放題でもなんでも、勝手にすれば良いわけですが、個人的には短いあごヒゲは好きではありません。あごヒゲでも30pぐらいあれば威厳ありますが、1pほどですとねえ、これは現代的にはただワルっぽいだけだなあ。

そもそもヒゲは国柄や宗教で意味が異なりますが、おおむね、(曖昧ですが)それなりの地位や業績のある方が蓄えることが多く、未熟者に許されるというのは、宗教的に厳しい場合を除けば、慣習としてはあまりないように思います。若い坊さん、何の意味があって短いあごヒゲなのか、まあ、ファッションでしょう。

袈裟を許されてファッションってのもねえ、自己表現とか、求道には無関係だし、他人を意識した表現なんてしないで自己探求しようよ、と思います。ヒゲに見合うだけの修学修行をしてほしいものです。私なんてヒゲ濃いから、毎日毎日、一所懸命にヒゲを剃るので面倒。いっそ30pぐらい蓄えるかなあとも思うけど、まだ、そんな深みには達していないし、生涯、蓄えることはないでしょう。

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2023年09月18日

知識や知見を軽視していはいけない

外国のことは知らないけど、日本では研究者、勤務医、教諭など、知識や知見によって業務している専門職の待遇が異様に悪い。開業医や弁護士事務所、そして塾など、経営者も兼ねるようになれば、経営力によって収入を上げることは可能であるが、そうでもしないと持っている知識や知見の割に収入は少ない。しかも多くの場合、激務。

日本は天然資源の少ない国なので、研究やそれによって支えられた技術によって立国してきた。学校の先生に育てられ、そして、研究者や医師になっていく。その過程が随分と軽視されているように、今、感じる。

待遇が悪ければ、どうしても質は低下する。研究者、勤務医、教諭の質が低下すれば、それはそのまま国力の低下につながっていくだろう。人口減のさなか、質を上げる努力をしないといけないのになあ。


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2023年09月13日

ラグビーのルールが分からないので

ラグビーのルールはまったく分かりません。サッカーと野球はだいたい理解しています。

個人的感想として、サッカーは展開が早いのずっと観戦し続けていなければならない。一方、野球は緩急があるので、状況によっては観戦し続けなくとも大丈夫。サッカーはチームのレベルに乖離がなければ、点差があまり開かないと思います。なので最後まで観戦し続けないといけない。また一方、野球はチームレベルが近くても、ピッチャーの力量で点数に大差つく場合があります。最後まで観戦しなくても結果の予想がつきやすい。

もうおじさんなので、サッカーは気が抜けないので途中で疲れてしまう。野球は普通に飽きてきます。先日、ラグビーのワールドカップを観戦していて思いました。ラグビーはちょうどいいなと。

しかしルールが分かりません。状況がまったく分からないのです。

私が行きつけの、関本(南足柄市)にある居酒屋(もしくは食堂)「きんとき」さんのマスターはラグビーに詳しい。ラグビーで謎に思える点、たとえばスクラムしているのに、なぜかボールが後方に置いてあったとか、そう見えてしまう点の謎解明をお願いしたいと思っています。

ラグビー、すごく面白かったです!


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2023年08月28日

髪型

私は丸刈りです。とくに宗派で決まっているわけではありません。個人的に坊さんスタイルには坊主頭が似合うと思っているからです。形状維持が楽だというのもありますが、自分に似合っていると思います。

髪型なんて自由で良いと思います。

戒律厳守で完全出家するならば、煩わしいので有髪は面倒くさいでしょう。似合うとか似合わないとか、髪型ごときに気を取られるようでは修行は出来ないと容易に想像できます。ただし髪を剃るのも面倒です。「髪がない」というのもスタイルになってしまうので、スタイル自体を気にしないのであれば「放置」しかありません。そういう場合は、放置でも良いのではと思います。逆にかゆくて心が乱れそうではありますが。

阿弥陀如来は長い間思惟された際に髪が伸びすぎた、という描写もあります。阿弥陀如来はかゆいとか、そういう感覚を超越しているのだと思われます。

金戒光明寺の五劫思惟像↓
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と言うことで、髪型は個人で決めれば良いかなと思います。「坊さんらしい」とか、「〜らしい」というのは他人が言うことなので、どうでもいいことです。坊さんが長髪で嫌だなと思うのであれば、短髪の坊さんに読経してもらえば良いです。長髪の坊さんは、それなりに考えがあって長髪なのです。考えが合う、合わないは仕方のないことなので、どちらでも良いです。

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2023年08月15日

お盆参り有難うございました

今年のお盆参りは本日で無事終えることが出来ました。車でお参りするので暑さ自体はあまり問題ではないのですが、雨は結構困ります。昨日はかなり濡れました。ただ、その程度で済んだわけなので、台風が直撃された地域のお坊さんは大変だったかと思います。こちら神奈川県西部は時折豪雨がありますが、風はそれほどでもありません。気温は30度以上はあると思います。湿気もかなりなもので、本堂で勤めた合同お盆法要は参拝の方も暑くて大変だったかと思います。皆様有難うございました。

夏になると中高時代の生物部合宿を思い出します。長野県の山中で行いました。なぜ思い出すかと言いますと、善福寺境内は木に囲まれているせいか、朝からそういう雰囲気なのです。近くとはいえ開成駅や大雄山駅のような街中では感じられないでしょう。

今日も生物部合宿です。

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2023年08月08日

お賽銭箱の盗難にあいました

本日、永代供養墓と弁天堂のお賽銭箱がなくなっており、盗難にあいました。皆様の願いが込められているにもかかわらず、誠に申し訳ございません。とても悲しく思います。永代供養墓の賽銭箱は引きちぎられ、弁天堂の賽銭箱は強引に引き出されました。繰り返しますが、お賽銭は皆様の願いが込められています。

松田警察の方に来ていただき、指紋採取をしてもらいました。

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2023年08月05日

イノベーター上人

中学・高校・バンドで一緒だった友が新たに会社設立をするというので、記念式典に参加してきました。ビジネスの感覚に触れることの少ない坊さんですが、寺院運営にとって有益な話も聞くことができました。寺院は営利団体ではありませんので、そもそも会社とは目的が異なります。しかし伝道のためにはビジネス的な感覚も必要なことはたしかで、歴史を振り返ってみても辣腕な住職はたくさんいました。

浄土真宗においては蓮如上人の手腕は現代にも通じると思います。伝道において複雑な手続きは廃止し、多くの人々がシンプルに仏教に触れられるよう工夫をされたと思います。複雑さは権威の象徴となりますが、人々にとって実際には遠くで眺めるものとなり、伝道の本質が機能しなくなってしまいます。蓮如上人は様々な改革をされた方で、西本願寺の蓮如上人五百回大遠忌(平成10年)においては、「イノベーター上人」という現代的な呼称をもって賛嘆されました。

この「イノベーター上人」ですが、先日亡くなった父であり前住職の伊東宗之が発案者です。伊東宗之は善福寺住職として奉職しつつ、博報堂でCMディレクターの職にも就いていました。生前、自分の仕事を本山に役立てることが出来たと喜んでいました。父を偲びつつ、私も「イノベーター上人」に少しでも近づけるよう、これからも精進したいと思います。 合掌

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2023年07月18日

境内は非常に暑い状態です

今日も非常に暑くなりそうです。皆様、熱中症にご注意下さい。境内はカラカラ状態で、蓮は日に2回水を補給しないとダメです。苔であっても日なたですと全体が反ってきてしまいます。水を撒いてもまさに焼け石に水。

元気なのは鳥です。とくにヒヨドリ。若い鳥なのか好奇心旺盛でいたずら好きです。本堂で遊ぶので困ります。

水屋で水浴びするのもやめてほしいのですが、言っても無駄です。

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2023年07月13日

前住職が亡くなりました

父であり、前住職の伊東宗之が亡くなりました。すでに近親者で密葬を済ませまして、7月22日(土)13時30分から本堂で本葬を執り行います。導師は住職である私が勤めます。寺族葬儀の場合、住職は導師を勤めないことも多いのですが、父との最後の勤行なので私が勤めることにしました。祖母や母の際も私が勤めました。お参りの方への挨拶が手薄になるかもしれませんが、どうかお許しいただきたく存じます。

父は昭和13年2月に善福寺で生まれました。福沢小学校、相洋中学、小田原高校を経て、早稲田大学教育学部へ進学しました。教育学部を選んだ背景には、教師であった祖母の影響もあろうかと思います。ただし、本人の本当の希望は漫画家になることで、大学では漫画研究会に所属していました。結局、教員免許をいただいたものの教師にはならず、広告代理店の博報堂へ就職しました。博報堂で母と出会いまして、そのまま結婚に至ります。博報堂では一貫して制作の現場にいまして、よくコマーシャルの絵コンテを家でも描いていました。漫画家にはなれませんでしたが、ある程度は希望が叶ったと言えるかもしれません。祖父が亡くなって住職を継承し、20年ほど勤めたあと、私に住職を譲って引退いたしました。85年間の生涯でした。

息子から何かあるとするならば、「酒をもう少し控えていればなあ」のひと言に尽きます。アルコール依存症を治療する病院にも何度も入院しましたが、ダメでした。博報堂を退職してからは酒浸りで、ほとんど自分の思うようなことは出来ていなかったかと思います。家族ともうまくやっていけず、晩年は苦しい毎日であったかもしれません。毎日朝から晩まで酔っている状態なので、父のことをより理解する機会はあまりありませんでした。心残りがあるとすれば、この一点ということになります。

いずれにしましても多くのことを教えてもらいました。毎週日曜日の夜、家族で「正信偈」の勤行をしたのは大きな思い出であるとともに、今の私自身を支えてくれる原動力になっています。私がこのような教育を自分の息子たちに出来ているかと言えば、やや心許ないかもしれません。

親子で確執もありましたが、今は感謝の心が多くなってきています。 合掌

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2023年06月22日

新たな差別が発生する事態に

性的マイノリティーの方への差別をやめましょうという主旨なはずなのに、なぜ新たな差別が発生するような事態を予測できないのかとても不思議。スポーツとか、公衆浴場とか、公衆トイレとか、明らかに差別問題になっていると思うなあ。こうした場合の性別は2種類だけではなく、ちゃんと増設しないといかんでしょう。

ルール作る立場の人たち、もっと考えようよ。安易すぎるよ。

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2023年05月31日

世襲が増えましたね

跡継ぎというものは、血縁で継承しなければならない家業の場合、その親にとって重要です。ただ、実のところ血縁での継承が前提となる家業というのは、そんなものあるのかな。少なくとも私は知りません。親のDNAを継承しなければ業務上不具合を来すなんて、そもそもそんな事業は存在しないでしょう。

これはつまるところ、親が自分の得た業務上の立場や特権を、そのまま子に継承させたいということなんだと思います。まあ、そりゃそうですよね。そのほうが親も余生が気楽だし、思い残すところも少なくなるかも。

たしかにその家庭で育つことが、その家業を継承するのに有利なことはあります。お寺はまさにそうで、お寺で育ってお経を幼少の頃から習えば、得度(=僧侶の資格をいただく)するときに楽です。大人になってから暗誦するのは結構大変だと思います。古典芸能の家であれば、この傾向はより大きくなることでしょう。親が頑張っている家業を継ぎたいと思うことも、その子にとって自然な感情とも言えます。問題はありません。

もちろん、自分の子じゃなくても良いわけです。弟子を取れば良いのです。しかし子に恵まれていて、その子がやる気であるならば、親としてはその子に継承させたくなります。世襲ですね。

ところで最近、各界で世襲多いですよね。お寺だって、明治時代になるまでは浄土真宗以外の宗派は世襲ではなかった。それが今では、だいたい世襲です。経済界も、政界も、芸能界も、印象ですが増えたような気もします。スポーツ界は、これは結構難しそう。実力が数値で出ますし。開業医の先生にも多いですよね。意外かもしれませんが、学校の先生にも親子ともに先生という場合も見られます。

善福寺も子に継承してもらいたいのですが、導くのはとても難儀なことです。甘やかしすぎないよう、気をつけたいと思います。それを再確認させられるようなニュースが連続してありました。亡くなられた方々は、本当に無念なことだった思います。お悔やみ申し上げます。

政界のほうは、、、日本の行く末が心配になりました。大丈夫かな。

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