2013年04月13日

瞑想もいいですよ

毎朝お経をあげるわけですが、最近、お経のあとに少し瞑想をしています。浄土真宗の教学には瞑想はありませんが、個人的には教えの実践として有効だと思っています。瞑想=自力ではないでしょう。むしろ、自力の難しさを実感させられます。まあ、私はそういう意味で瞑想しているのではなく、あくまでも方便(つまり手段)として捉えています。なので、禅とはまったく違います。瞑想は自分の煩悩を知る上でとても重要なものです。呼吸とともに心を整えますと、感情の揺れが実感できるようになります。瞑想としてはとても初歩的なことなのでしょうが、私にはそれで十分です。次から次へと自分勝手な思いが沸き起こります。意識の下で、自己への執着心が働いているのでしょう。唯識思想ではこれを「マナ識」と言いまして、常に働いているものとします。

ところで、浄土真宗では「二種深心」と言いまして、阿弥陀さまの本願力を深く信ずると同時に、自らの凡夫性に深く気づかされることを肝要とします。しかし、物のあふれた現代では、手前勝手な思いばかりが先行しまして、「二種深心」という慎ましい心は起きにくいかもしれません。教学的に言えば、こうした心を阿弥陀さまからいただいてはいても、スルーしてしまいがちだ、と言えましょうか。

心を整えてみますと、愚かな自分に出会うことができます。振り返ることの大切さを痛感いたします。前向きに生きることは大切でしょうが、脇に目がいかなくなりますと、勝手ばかりで生きてしまいそうです。なので、少しの時間、瞑想をしているわけです。生来、自己中な性分なもので。。。

posted by 伊東昌彦 at 09:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 良質な煩悩ライフ-life
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