2012年06月14日

密教と煩悩

密教教学は華厳思想や唯識思想や如来蔵思想などを進化させたところがあり、教学的には理解し易いところもあります。もちろん、とても深遠でありますので、そうそう完全に理解できるものではありません。ほんの初歩的な部分でという意味です。

しかし、どうも実践的なところ、つまり煩悩をどう扱うかということについて、密教以前の大乗仏教の思想からは良く分かりません。煩悩を肯定的に捉え、悟りへのエネルギーにしていくということのように思えますが、凡夫の段階でそれはどう有効になっていくのでしょう。

長寿や繁盛を願う現世利益と、そういった執著から脱っする悟りと、両者の間、どのあたりで転換、つまり回心があるのでしょう。もう少し勉強してみたいと思います。

posted by 伊東昌彦 at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 良質な煩悩ライフ-life
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