2012年04月03日

仏との関係において

我々は煩悩盛んな身の上です.仏教は煩悩を滅することを説くものです.しかし,これがなかなかなくならない.そんな身の上だからこそ,仏はおるぞと言いたまう.有難いことです.

ただ,私は思うのです.それは決して堕落を意味しない.煩悩の肯定ではない.悪の肯定では有り得ない.どこまでも仏と私だけの関係において,私が煩悩にまみれた悪だと言うことです.

仏のいない煩悩の肯定は仏教ではありません.単なる堕落です.

posted by 伊東昌彦 at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 良質な煩悩ライフ-life
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