2026年04月22日

京都の事件の報に触れて

京都の殺人事件について、とても悲しく残念に思います。生きるという彼の意志が、こともあろうに継父によって奪われてしまうとは。本当に言葉もありません。

しかしながら、辺野古の事故でもそうでしたが、報道各社による報道の仕方には疑問が多いです。京都の事件について言えば、たしかにどう殺人に至ったのかも解明されるべき事柄ではありますが、私たちからすれば、むしろ継父によって殺されてしまったということ、敢えて踏み込んで言えば、シングルの親が再婚するという状況下の子について、もっと焦点を当ててほしい。

もう報道する必要がないとか頓珍漢な発言も見ましたが、呆れます。

何のための報道なのか。たしかに騒ぐだけでは無意味。事実を伝えることは基本的には必要だが、どう殺されてしまったのかなど、私たちが知っても実はほとんど意味がない。

そうではなく、今回の件で言えば、子の意志というものを親をはじめ、大人がどのように受け止めることができるのか、ちゃんと受け止められているのか、という大きな課題の共有こそ意味ある報道と言える。ちゃんとこの点、報道してほしいなあ。


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posted by 伊東昌彦 at 10:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii
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