皆さん、日本の国旗について、何か考えたことありますか?
私は小学校時代(公立)、たしか毎週(?)月曜朝であったでしょうか、国旗掲揚があったと記憶しています。係の児童が「君が代」の流れるなか国旗を揚げ、皆でそれを見上げるわけですが、とにかく朝日がまぶしい。太陽の光で国旗のデザインが何も見えないという状況であったのですが、それがまさしく「日章旗」と言えまして、脳裏には太陽光線が焼き付いています。
昭和末期の話ですが、今から思えば革新的な思考が盛んな時代、なかなか保守的な行為であったのかなと思えてきます。とは言え、自分にとってはごく当たり前のことなので、今でも違和感はありません。
進学した獨協中高はドイツ文化にもとづく学校であったからか、国旗掲揚の儀式はありませんでした。国旗を蔑ろにしている雰囲気ではありまでんしたが、最重要ということでもなかったかなと思います。とても自由な学校でしたので、儀式的な行事はあまりありませんでした。小学校時代とは違うなあという感想を持ったと記憶しています。
さて、日本において国旗という概念が導入されたのは明治時代だとは思いますので、日本において古来から旗といえば軍旗になるのかと思います。私は門外漢ですが簡単に調べたところ、いわゆる「錦の御旗」(赤に金丸など)が後鳥羽上皇から下賜されたとあるようですが、官軍の軍旗として定型があったわけではないようです。
では「日章旗」(白に赤丸)はどうかと言えば、これも実際のところは起源がよく分からず、源平合戦において官軍を自称する平家が「錦の御旗」のような「赤に金丸」を使用し、源氏はそれに対抗して「白に赤丸」を使用したとの説があるようです。結果、源氏が勝利をおさめ、後の武家政権はすべて源氏の末裔を名乗ることになるので、「白に赤丸」という「日章旗」に近いものが軍旗として用いられることが多くなったようです。ただし、これも一説だとは思います。
いずれにしましても、金丸でも赤丸でも、それは太陽をモチーフにしているわけで、それは「日出国天子」という言葉につながることは間違いなさそうです。天皇は天照大神の子孫ということですし、天照大神は太陽神です。しかし、ここで一歩引いて冷静に考えるならば、明治政府はなんで「日章旗」をわざわざ国旗として用い続けたのかなと思えてしまいます。徳川幕府が「白に赤丸」を使用するのは、上記のような理由があったとするならば、武家政権として当たり前のことと言えます。明治政府は武家政権ではありませんし、なんでなんだろうかと。。。「赤に金丸」じゃあ、平家っぽくていかんと思ったのでしょうか。
どうやら色々と事情があったようですが、国旗が「日章旗」になった経緯は曖昧な側面もあるにはありそうです。私は国旗には敬意を示すべきと考えますが、だとすればなぜ「日章旗」が国旗であるのか、単純に知りたいと思ったわけです。
意外と謎なんですよね。日本は謎の多い国です。
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2026年02月27日
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