スポーツはとくにしませんが、観戦するのは好きです。遊びたい心を抑えて鍛錬し、そして試合に臨む姿はまさに三昧(=仏教での精神集中)の境地かと思えます。世界大会やオリンピックはレベルの頂点であろうかと思うので、三昧も深まっていると思います。私には無理です。
だからこそ、試合後、つまり三昧が切れたときには感情が溢れるのでしょう。感情の溢れ方は選手それぞれでしょうが、いずれにしても、そこに第三者が意見を差し挟むのは、選手の努力と鍛錬を否定することにもなりいただけません。
また、選手も負けたからと言って謝ることはない。(気持ちは十分に理解できますが)
スポーツは勝敗があるんだから、眺めている第三者である我々は、選手の努力と鍛錬の結果が見られればそれで満足じゃないかなあ。制度上、国の代表として、たしかに国費を得て出場しているんだろうけど、現状においては、別に国を背負っているというほどのものでもなく、たとえ負けたとしても、立派に試合に挑めたのであれば国民として嬉しいと思うけど、そうじゃない人もなかにはいるのかもね。
ところで、スポーツ選手はスポーツ選手であり、いわゆるタレント業をしているわけではありません。そこの線引きが曖昧なメディアもいるようですが、スポーツ選手は試合をして勝利を得ることを目的としているわけであり、そこに台本や味付けはありません。
プライベートや遊びのことではなく、スポーツ選手の努力と鍛錬に注目する報道をこれからも期待したいと思っています。インタビューを見ていても、スポーツと関係ない話をインタビュアーが振る場合もあり、この点に関してはいい加減にしてほしいものだと辟易します。
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2024年08月05日
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