2021年11月02日

国語は総合的かつ基礎的な科目

また電車で通り魔事件が起きました。電車は密閉された公共ですのでよく考えれば危険は多い。幼少からあまり気にせず乗車していましたが、それは公共の安全が一定程度の水準で保持されていたからですね。日本人はこの公共という意味合いについて、再確認したほうが良いかもしれません。

ところで犯人ですが、こうした輩は小学校のころどんな勉強をしてきたのかなあ。不遇であったのか事情は分かりませんが、国語の教科書を読んで勉強したことはあるでしょう。その中には物語もたくさんあったはずです。小学校の国語は総合的な科目です。物語の登場人物を通して道徳を学ぶことも出来ます。

名作と言われる物語には、多く人間同士のトラブルが描かれています。教科書には名作が多く掲載されています。小学校は人間教育の基礎だと私は思います。中学も高校も人間教育の場でしょう。教科勉強だけではありません。学校の先生には、人間教育をしているんだという矜持をさらに持ってもらいたいなあ。

posted by 伊東昌彦 at 08:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii
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