2021年05月03日

政府はちゃんと「挨拶」してほしい

政府はオリンピックを開催する方向ですが、国民にはこのコロナ禍で開催反対の方も多いようですね。新型コロナウイルス感染の状況を数値だけで捉えますと、世界的に日本は優等生な側面もありそうです。しかし一方、私たち国民としては、だからこそ海外からたくさんの関係者の方が入国されることに不安を覚えます。日本のいわゆる水際対策は甘いとの報道もあります。オリンピック開催が国難となるのか国益となるのか、政府と国民では見方が違うのでしょう。違って良いのですが、国民目線を理解してくれない政府だと不安は増大しますよね。今の政府は究極的に説明不足なのではないかと感じます。

ところで、「挨拶」という言葉はもともとは禅宗の言葉で、互いに相手の心を開いて心のキャッチボールをするというような意味になります。人間関係は挨拶に始まるわけですし、相互理解が何よりも大切です。一方的では絶対に片方が不満になります。政府にはちゃんと挨拶してもらいたいなあと、ここのところ毎日思ってしまいます。

ちなみに私はオリンピック自体にはあまり興味はありません。スポーツはほとんどしませんし、観戦も野球だけです。オリンピックの野球は、かつては社会人野球の選手が頑張っていましたが、いつの間にかプロ化していました。私の世代ですと、まだ「オリンピックはアマチュアスポーツの祭典&共産圏の国威発揚」という印象が残っていますが、今のメインは「商売」ですね。それぞれの種目で世界大会は別にあるでしょうし、オリンピックの位置づけって、「スポーツビジネスの祭典」ってことになるのかなあ。何だか異様にお金もかかるようですし、日本はオリンピックをキャンセルできないとかなんとか、このへんの事情も国民には明確に伝えられていませんし、わけわかりませんね。

posted by 伊東昌彦 at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii
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