2021年04月12日

仏事の完全オンラインは、まだ難しい

コロナ禍のなか、企業ではリモートワークが奨励されています。職種によっては難しいわけですが、会議はオンラインでも可能な場合があるでしょう。私たち宗門におきましても、たとえば教区の会議はすべてオンラインになっており、とくに問題はありません。

では、仏事はどうでしょう?

会議であっても、当初は慣れていなかったので不都合を感じる場合があったかと思います。仏事も坊さんが、たとえば本堂や斎場で実際に読経し、参列者は喪主も含めて全員オンラインということも想定可能です。慣れれば問題ないという意見も聞かれます。

もちろん会議と仏事が、感性において同じものだと捉えればの話です。

年間、何度も法事や葬儀を行う私からしますと、会議と仏事は違います。客観と主観の違いと言いましょうか、仏事は理性だけでは解決できない側面を多く担います。葬儀であれば、故人との関係が比較的薄い方であればオンライン参加も可能でしょう。大いに結構なことだと思います。

しかし遺族にとって、別れというものはそんなに簡単なことではありません。これは法事であっても同じです。今後の社会は、システムとしてインターネットを中心に動いていくでしょう。仏事も当然、何かしらインターネットを介したものに変容していくと予想されます。

課題としては、死別によって空いてしまった心の穴を、インターネット環境によって埋めていくことが可能なのか、ということが考えられます。私たちの周囲はデジタル化していますが、私たち自身、すなわち人はどこまでいってもアナログです。直接、脳とインターネットが接続されていない以上、これはもうどうしようもないことです。

しかし人は進化する存在ですし、デジタルと共存可能なようになっていくことでしょう。

posted by 伊東昌彦 at 10:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii
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