2020年08月04日

意外と近い、山中湖

先日、山中湖まで行く機会がありました。山中湖は富士五湖のなかでも神奈川寄りなので、実はお寺から車で30分程度で着いてしまいます。南足柄から山北、そして小山を通って三国山経由で行くと近道なのです。観光の方は少なめでしたが、車は神奈川県ナンバーのほか、埼玉県や千葉県のナンバーも見受けられました。しかし、東京都は多摩ナンバーは見かけましたが、23区ナンバーはほとんどいなかった印象です。23区の方は自粛されている方が多いのかもしれません。8月ではありますが、観光業はやや寂しい様子でした。

山中湖は標高も高いせいもあり、南足柄とは空気が違います。箱根と南足柄は同じですが、緑の香りが違うのです。植生が異なるので当然かもしれませんが、距離的に近くても遠くに来たような気になります。ちなみに鳴いている蝉の声も違いました。アブラ蝉っぽい鳴き声でしたが、こちらのアブラ蝉とは音色が異なっており種類が違うのかもしれません。滞在は長くありませんでしたが、なんだか妙にリラックスできて嬉しいひと時でした。

不思議なもので、人は何故、「いつもと同じ」という事柄に対して「飽きる」という感情を懐くのでしょうか。同じであることは有難いと思いながらも、やはり飽きていること多いと思います。新しかったり久しぶりだと何故か嬉しいとか、そんなのありますよね。

生物学的(?)に言えば、強く生き残るために新しく別の環境を常に求めているから、とか言えそうですけど、仏教学的には何でかなあ。いつもと違うものを求めるということは、それはもちろん「少欲知足」の正反対のことで、「強欲」で「不足」であるからに他なりません。やはり煩悩によっていると言えそうですね。

しかしまあ、そんな小難しいこと考えると、せっかくのリラックスも効果が薄れそうですので、あまり仏教学的に解明しないようが良いかもしれません。

posted by 伊東昌彦 at 13:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii
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