2020年02月21日

お寿司屋さんのカウンター

小田原のお寿司屋さんに行きました。檀家さんに連れて行っていただき、あまりにも美味しくて家族でも行ったのです。いわゆる昔ながらのお寿司屋さんで、大将と言うのでしょうか、カウンター席では気風のよいマスターが面前で握ってくれます。実のところ、わが家の子はこうしたお寿司屋さんのカウンターにまともに座ったことがなく、事実上、初めての体験であったと思います。マグロと納豆巻しか食べない次男(小学生)には少々辛かったかもしれませんが、長男はかなり満喫してくれたようです。残念ながら娘は塾で不参加でしたが、いつか連れて行きたいなと思っています。

しかし小田原と聞きますと、お寿司屋さん多そうなイメージがあるかと思いますが、今は8軒しかないそうです。かつては80軒もあったそうですが、今は8軒。すごい減りようですよね。回転寿司は増えています。私は回転寿司も好きなので別に回転寿司のせいだとは思っていませんが、たしかに値段的には勝負にならないところありますよね。でも、回転寿司と昔ながらのお寿司屋さんってのは、同じ寿司ではありましても、味はさておき、食べるまでの手続きはまるで違います。そう考えますと、単純に回転寿司のほうが安いからと言うよりも、むしろその手続き、つまりマスターとのやり取り自体、さらに言えば人と人とのコミュニケーションの変化に問題があると言えるでしょうか。

物とインターネットが接続されるIoTの時代到来と言われますが、私たち生物がインターネットと直接接続されることは当分不可能でしょう。かならずこの五感のどれかを通じて、インターネット上の物事と接触するしかないわけです。どこまで行ってもアナログですね。アナログの感覚を捨ててしまうと、私たちはいつか、本当にデジタルなインターネットの世界に支配されてしまいそうです。電気機器が全部インターネットとつながっても、電源プラグを抜けばその機器はシャットダウンします。バッテリーがあっても、充電されなければエネルギー切れでシャットダウンです。電源プラグ抜くなんて、なんてアナログなことなんでしょう。でもそういう方法が残っていないと、インターネットの暴走は防げそうにありません。コミュニケーションはアナログの最たるものです。そこを捨てるということは、人をやめることにもなりかねません。

posted by 伊東昌彦 at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii
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