2020年02月05日

わが家での節目が終えました

今日は2月5日です。あまり知られていませんが、中学受験がほぼ終わりを告げる日なのです。それぞれの家庭によって教育方針は異なります。わが家は宗教関連学校に通学させたいという考えがあり、3人とも受験をさせました。本人たちは迷惑であったかもしれません。とくに長女は今でも私が厳しすぎたと批判的です。その度に私は謝っています。実際、そうであったと反省をしているからです。ただ、受験をさせた意図は理解してくれていますし、今の学校で出会った友人や部活には満足してくれていると思います。肝腎な宗教教育については、これまた効果あったと私はほくそ笑んでいます。と言いますのは、長女はプロテスタント系の学校なのですが、聖書の授業を受けたことにより、キリスト教と日本人の感性について自ら感じるところがあったようだからです。

長男はカトリック系に通っています。長女の学校に比べて宗教的儀式への参加は緩いようですが、倫理の授業ではキリスト教から西洋哲学、そして東洋哲学や仏教思想まで扱ってくれているようです。長男はアカデミックな側面からそれらの思想に興味は多少持ってくれているようですが、ミサや黙想をする会にはまったく興味を示してはいません。彼なりの思いもあるようなので、私からは何も指示はしないことにしています。そして次男がこの度、受験を終えまして何とか宗教教育のある学校に合格することが出来ました。当初は仏教系を志望していたのですが及ばず、プロテスタント系の学校です。お寺なのに異様だと思う方もいらっしゃるでしょうが、伝統教団であれば中高で触れるキリスト教は教養程度のものが多く、むしろ勉強になることは多いようです。家のなかでは仏教一色なので、いろいろな思想に触れることは人格形成の上でも大切なことだと私は思っています。

その次男の学校は最もキリスト教色が強いと思われ、入学式も完全に宗教形式な模様です。度合いとしては、次男>長女>長男の学校という具合です。次男は寺院後継予定者です。わが宗派は基本的には高校1年生のときに得度という最初の習礼を受けることができますので、夏休みを利用して早々に京都まで生かせる予定です。次男の学校には幸い大学もありまして、普通に勉強をしておけば多分進学できると思うので、大学受験が免除される分、早めに浄土真宗の教育を受けさせたいと思っています。わが宗派は缶詰状態のいわゆる修行期間は短いのですが、座学に費やす時間はそれなりにあります。最低でも1年間は京都に行かせて、そこで1年間の行事なども経験してもらえればと思っています。大学卒業後は京都1年間での修学になるでしょう。

ちなみに私は京都に行くのが嫌だったので、東洋大学の大学院に張り付いていました。それでも何とかなるのですが、どうしても本山とは縁遠くなってしまいますし、交友関係も地域限定になってしまうので京都に行ったほうが良いでしょう。

今日もこれから午前9時から試験が始まるという学校が多いと思います。長女も5日まで頑張りました。長男は3日で終了、次男は2日で終了でしたので、長女は本当に忍耐強く頑張ったと今でも思います。もう高校2年ですが、根性だけは姉弟では一番あるようで、5年間剣道部で修練いたしました。お陰様で先日、三段を与えられました。試合にはあまり勝てませんでしたが、部活辞めたいと言いつつも最後まで貫徹出来たことは大きな成長であったと思います。部活の友人にも恵まれまして、剣道部とのご縁がなければドロップアウトしてしまいそうな時もありました。友人との出会いに心から感謝いたします。

posted by 伊東昌彦 at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii
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