2020年01月01日

令和二年となりまして

皆様、本年もよろしくお願いいたします。令和元年から、あっという間に令和二年となりました。今年は東京オリンピックも開催されますね。昨年の天皇陛下ご即位から、「日本」ということを意識する機会が多く続きそうです。私たちは「日本人」なんだなあと、そんなのあたり前かもしれませんが、そんなあたり前なことを改めて考えてみたくなる講義を年末、研究所の業務として受けてきました。国際日本文化研究センターの磯前順一先生です。講義のなかで先生は、神武天皇の足跡に関連した「日本のはじまり」という観光イベントのチラシを見て、そもそも「日本」って何なのか、という素朴な疑問を重視されていました。ご自身は茨城県のご出身とのことで、昔であれば「蝦夷」の人であったと言われます。「蝦夷」・・・、日本史で出てきましたね。あと九州の「熊襲」とか、大和政権に打倒されるわけですが、そういうのも含めて私たちは何となく「日本」をイメージしています。

大和政権は天皇家ということなのですが、もちろん現代日本でも継続中です。政治体制に何度か変化はありましたが、やはり同じく天皇家なのです。ということは、私たちが学んでいる「日本史」っていうのは、天皇家から見た「日本史」になりますね。打倒された蝦夷から見た「日本史」であるわけもなく、歴史の見方としてはどうしても天皇家よりになっています。学問は客観性が必須ではありますが、「日本史」という教科書的なまとまりになりますと、誌面の関係もあり、いろいろな作用もあり、どうしても限定的に表現せざるを得ず偏り感が出てしまいます。書き手の主観がモロに出るわけですが、学者であっても100%客観視できるわけもなく、やっぱりいわゆる「日本史」になってしまうんでしょう。でもおかしな話ですよね、蝦夷や熊襲って、「日本」を自称したことなんてないと思うのですが、あるんでしょうか?よく分かりませんが、つまりは降伏して大和政権に服従したのでしょう。それで日本化(大和化)したから蝦夷も熊襲も今では「日本」の範囲に入っている。何だか奇妙なんですが、もともと「日本」っていう国土の範囲が存在し、その中の異分子が蝦夷であり熊襲であるかのような表現になっていません?それって非常に学問的じゃないと思うのですが、いいんでしょうか?

とまあ、磯前先生のご講義に影響を即座に受けまして、私もこうした疑問を持つことができました。天皇家が続いていることは結構なことで、象徴天皇であるということは、私も現代日本に相応しいと思っています。ただ、天皇という存在が日本国民の象徴であるのであれば、ちゃんと「日本」のことを客観的に知りたいなあと思うのです。政治的プロパガンダで創作されたストーリーではなく、学問的に知り得ることができたら素晴らしいことだと思います。でもまあ、色々と問題あって難しいんだろうなあ。少なくとも自分自身の意識においては、「日本」という国が昔っから漫然と存在してきたかのような錯覚に陥ることだけは避けるようにしたいと思います。日本人であるならば、自国である「日本」のことをちゃんと知りたいというのは自然な感覚ですし、海外に行く場合にも、外国人との触れ合いには必要な知識ではなかろうか。

posted by 伊東昌彦 at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 教え〜事事無礙 -jijimuge
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