2019年10月30日

坊さんメランコリー

ようやく秋晴れが続きそうな天候になってきました。台風や大雨での被害は甚大でした。箱根登山鉄道も復旧の目途が立たないようです。強羅には函嶺白百合小中高がありますが、児童・生徒の皆さんが通学できているのか心配です。長男の学校でも通学路変更のままだそうです。今年は中部・関東・東北で被害甚大となったわけですが、毎年日本全国どこかしらで台風による大きな被害が発生しています。東京23区ではかなりのインフラ整備が行われておりますので、ひとまず今年は洪水等の大災害は避けることができました。しかし、コンクリートによる一方的なインフラ対応には限界があるのは目に見えています。そもそも、そんなものを日本全国に設置することは費用的に不可能です。経済活動中心の国づくりで果たして良いものなのかどうか、岐路にあることを感じます。

災害のこともありまして、今月はあまり気分が晴れません。先月は母の本葬、今月は報恩講というように大きな行事も続いたので、心身ともに疲れ気味で消極的な発想になっているのかもしれません。秋になりますと、たとえば金木犀の香りにふれると中高時代の学園祭を思い出します。香りのほか、音楽というものも思い出を蘇らせる効果がありますよね。あの曲を聴くとあの人を思い出すとか、それぞれあろうかと思います。秋のもの悲しさというものが、こうした気分をまた盛り上げてくれるのかもしれません。やや冷えるなか、夕方まで遊んで急いで帰路につく先には沈みゆく夕日が見えたりして、今でも夕日を見ると家で母が待っているかのように思えてきます。しかし物事は、つねに移り変わっていきます。諸行無常なのです。秋は本当に美しい日本の象徴のように思えます。

posted by 伊東昌彦 at 08:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/186742574
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック