2019年07月22日

自分自身のこととして

この時期は7月盆と8月盆のあいだでご供養もひと休みです。例年わが家ではこの時期もしくは8月盆あとに海に行くのですが、今年は都合がつかず予定がありません。梅雨が長引いていますので良かったかもしれませんが、災害も多くなっているようで自分も気をつけないといけません。

ニュースの報道では悲しい事件事故が頻発しています。ニュースの見方には色々とあるでしょうが、少しでも自分自身のこととして写し見ていくことも大切かと思います。ニュースの世界はまるで向こう側ですが、実は同じこの世の出来事です。でも、なかなかそうは見ることが出来ません。私なんてまるで映画を見るかのようにニュースを眺めているときすらあります。

仏さまの慈悲のなか「慈」とは読んで字のごとく他者を慈しむことですが、「悲」は他者を悲しむということではありません。他者の悲しみというものを、自らにあてはめて同じように悲しむということのようです。今風に言えば悲しみの共有のようなことだと思われます。なかなか私には出来ることではありませんが、少しでも仏さまのあり方に学んでいきたいものです。

posted by 伊東昌彦 at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 教え〜事事無礙 -jijimuge
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