2019年06月26日

自分という「意識」はどうなるのか

以前、たしか本ブログで死後を予想して書いていた際、今の自分という「意識」が、今まで輪廻転生してきた命のステージの意識になりかわり、あたかも代表するかのようにあればいいなと勝手に妄想しました。しかし、どうやらこれは大間違いであったと、最近は思っています。宇宙を感じればこそ、そんな自分に都合の良いことなんてあるわけないということに気づかされます。自分という「意識」は、本来の「命」へ還元されるはずです。

還元されるわけなので、自分という「意識」が消滅するわけではないでしょう。輪廻転生の一部に還るようなイメージでしょうか。「命」というものは際限がなく、私は宇宙と同じで繰り返しなんだと思っています。そういう意味においては命は宇宙そのものであり、これは『華厳経』の教えなのですが、相即しているというのが実際のところなのではないでしょうか。宇宙に還れば、今感じている苦悩なんていうものは苦悩ではなく、そういう苦悩もひっくるめて宇宙の営みなのです。たぶん

と言うことで、やっぱり自分という「意識」を今のように保持することは出来ないかもしれません。意識がなくなるのは怖いですよね。しかし、仏教的に考えても、そもそも成仏するということは、自分という「意識」がなくなることでもあるのです。「自他平等」ですから、他者と自分の区別のない絶対平等のあり方が仏です。これこそ宇宙に還るということであり、浄土とはそういうあり方の、この世から見たイメージなのかもしれません。阿弥陀如来とは宇宙そのものであり、その人格化なのです。

posted by 伊東昌彦 at 08:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 教え〜事事無礙 -jijimuge
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