2019年03月10日

無理すると苦しい

今日はちょっと法事が遅い時間なので午前中ひまです。

突然ですが、私は群れない方針で生きてます。単に友達少ないだけじゃん、ではなく。自慢星人なのでたくさんの人とつき合うと自慢疲れしてしまうからです。これを言い換えれば、あんま多様な人とつき合うとペースが乱れるから。大勢と知り合って会話をすることは大事なことだけど、どうも私には出来ない。だからいつまでたっても器ちっちゃいんだけど、「これでいいのだ」と最近開き直っているわけです。これでいいのです。

人生は苦だと仏教では説きます。なぜ苦しいのかと言えば、理に反して無理なことするから。無理とは理が無いことで、「そりゃ無理だよあんた」ってことでしょう。仏教では四苦と言いまして、生と老と病と死です。最後の死について言えば、「死にたくないって言っても、この世の命は有限だからねえ、無理ですね」となります。無理なこと通そうとするから苦しいことになると言うのは、たしかにその通りだと思います。まあ、普段から「それ無理それ無理」言ってると、やたら消極的でつまらん奴だと思われるから、あんま口にはしないほうがいいですが。

いずれにしても大人数は苦手で、なんでも少人数制がいい。バンドも人数少ないほうがいい。飲むのも少ないほうがいい。大人数だったら独りのほうがまだいい。すごい独善的になりそうだけど、もとよりそんな性格なので社交性があるとは言い難く、何事も独自路線になりがちで、結構な大失敗もするんですよ。誰にも相談しないから、ははは。でも、それでも自分で責任負えるようであれば、なんかスッキリしません?


私は会社勤めは難しかったでしょうが、坊さんだったらから何とかなっているだけかもしれません。お寺は多くの場合、とくに浄土真宗は家族でやっていくことが多いので、支えてくれる家族には感謝です。

人生は苦の連続で、それは自分で管理できるものばかりじゃありません。無理はしたくなくとも、無理しないといけない時もあります。誰でも無理はしたくない、そんなこと分かり切っていますよね。しかしその上で、しなくてもいい無理までしているのが私たちではなのかもしれません。辛いとこです。

私も大人数の飲み方にも出かけることありますし、色々な会や組織に属しているので、たくさんの方々とつき合うことは意外と多いほうだと思います。勉強になることも多く、多様なつき合いをすることは大事なことだと重々承知しています。そうではあっても、やはり群れないほうが自分にはしっくりきます。生き方に強いこだわりを持っているわけではありませんが、生きたいように生きたいと思うのです。難しいこともありますが、できればそうありたいと最近思っています。

posted by 伊東昌彦 at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii
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