2019年03月01日

修正する力

私は結構しばしば、よく間違いをします。昔は間違いをするのが嫌で、なかなか認められなかった。よくいるじゃないですか、そういう阿呆な輩。根拠のないプライドばかり高くってねえ、甘えん坊さんなんですよね。周囲に甘えていたんだと思います。甘えられるのっていい。とても楽。お陰様ですね。

とは言いましても、甘えられる周囲はたまったもんじゃありません。両親や友人、女房(坊守)はとても迷惑だったと思います。しかし40歳も過ぎたころ、周囲を見渡せば甘えられる人も年を取り、女房もいい加減にしろと言いたげな雰囲気を醸し出すなか、ようやく間違えを修正する方法を見出しました。

すごい簡単でした。周囲の人の話を聞くだけ。昔から自己中だったので、とにかく自分本位でした。大事なことも勝手に気分で決めたり、間違いを指摘されれば逆ギレ連発。うわっ出た、最悪なやつ。しかも酒癖悪いとくれば、私でも付き合いたくないと思えてしまう。ははは、こんな人嫌ですよねえ。

宇宙なんて間違いだらけだと思います。間違えるから進化があるのでしょう。間違えを放置しないで即座に修正できるから宇宙が成り立っているような気がするのです。修正する力が働くからこそ、何事も万事進んでいくのではないでしょうか。間違えたら修正すりゃいいんですよ。意外と簡単なことでした。

30代はなんだか生きづらいなあと思えるときもあり、座りの悪さを感じる日もありました。そういうのは結局自分自身の問題であり、自業自得という仏教の教えが身に沁みます。大事に育ちすぎてしまったのか、両親の慈愛に溺れていたのかもしれません。しかしまあ、何という成長の遅さ。呆れますねえ。

修正する力こそ進化の原動力なのだと思います。そのためには傾聴ですね。

posted by 伊東昌彦 at 11:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii
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