2018年07月26日

四論の講説さしおきて

(本稿は「やさしい法話」へ寄稿したものです)

 『高僧和讃』第二十二首

浄土真宗本願寺派総合研究所東京支所 委託研究員 伊東 昌彦 

「四論の講説さしおきて 本願他力をときたまひ 具縛の凡衆をみちびきて 涅槃のかどにぞいらしめし」

 ご讃題は七高僧のお一人であります、曇鸞大師についてのものです。曇鸞大師は現代の中国・山西省のお生まれで、南北朝時代(五世紀から六世紀)にご活躍をされました。他力と自力とを明確に分けられたことで知られ、中国浄土教の礎を築かれました。非常に博識な方であり、仏教のみならず道教にも精通していたと言われます。仏教の学問では「四論」と呼ばれる『中論』・『百論』・『十二門論』・『大智度論』を極められ、その上で浄土教の実践をされました。孤高の学僧というよりは、巷間で浄土教を広め、大師のもとには大勢の信者さんが集まってきたということです。

 四論は大乗仏教の空思想を論じたもので、同じく七高僧の龍樹菩薩が深く関わっている論書です。空思想はすべての存在には固定的な実体というものがなく(=空)、刻一刻と変化をしていると考えます。私たちはさまざまな物事に執着してしまいますが、空思想によるならば、もとより執着をするような実体はないということになります。執着をすることは自分を苦しめるので、それを諌めるために空思想は展開していきました。空であることを体得することにより、本当の涅槃に至ることができると大乗仏教では説いたのです。

 しかしながら、曇鸞大師はこの空思想についての講義を、集まった信者さんへただ聞かせていたわけではないようです。大師の考える空思想とは、浄土教の実践に組み込まれているものであり、あくまでも阿弥陀如来のご本願をいただくことにあったからです。私たち凡夫の執着するところは、私たちの生死についてのことが最も大きいでしょう。身体は滅びゆくものであり、刻一刻と死へ向かっているのが私たちです。空思想によるならば、身体へ執着することは意味のないことです。すなわち、この世を去ったのち、必ずお浄土へ参らせていただくからには、もはや身体への執着は無用となりましょう。
 
 四論の学問は難解ですが、ご本願にはその真髄がすべて含まれています。大師は難解な講義をされるよりも、より実践しやすい方法、つまり本願他力を明らかにして下さったのです。四論の文言に向いますと、思わず退いてしまいそうなほどではありますが、阿弥陀如来の浄土教において導いて下さったことは、大きなご恩であるとしか言いようがありません。また、中国の南北朝時代より千五百年の時を超えまして、曇鸞大師の教えが今ここに、私どもの手元に届いているということ、『高僧和讃』をお作りになられた親鸞聖人へのご恩も忘れてはなりません。浄土真宗の日々の生活は報恩感謝です。少しでもご恩に報いることができるよう、有難くお念仏申したいものです。

posted by 伊東昌彦 at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 教え〜事事無礙 -jijimuge
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