2018年04月23日

善福寺と武家勢力

お寺の歴史をひも解いたとき、何らかのかたちで公家や武家勢力が関係していることが多いでしょう。鎮護国家のための祈祷寺院や、先祖を祀る菩提寺はもちろんのこと、民衆の信仰によって創建された寺院であっても、本堂建立の資金は武家に頼っている場合があると思います。時の有力者の外護がなければ、寺院護持はなかなか難しいことであったかと思います。

善福寺は浄土真宗の一末寺ではありますが、武家勢力とそれなりに関係している歴史があります。開基の了源上人(伊東祐光)は伊東祐親の孫にあたりますので、そもそも武家であったわけですが、祐親系統の伊東氏は平清盛の後ろ盾を得ていたようです。また、戦国時代に善福寺は小田原北条氏の一向宗禁制に遭遇しますが、解除後には一向宗本寺としての朱印免状を得たようでもあります。

伊豆伊東氏と小田原北条氏との関係によって、あるいは寺院としての格を保ってきた側面も考えられることでしょう。進納などの直接的支援があったかどうかは分かりませんが、お寺の「看板」にはなっていたのではなかろうかと推測します。伊東氏との関係は今までも調査をしてきましたが、北条氏との関係はよく分からないこともあり、これから何らか調査してみたいと思っています。
posted by 伊東昌彦 at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii
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