2018年02月23日

仏教と貧困問題 〜ジョン・ヒックの言葉から

本稿は教区関連の仕事で用意しているものです(末尾を少し改訂しました)。

仏教と貧困問題 〜ジョン・ヒックの言葉から

<ジョン・ヒック>
宗教多元主義を提唱した宗教哲学者ジョン・ヒックは、仏教をキリスト教と比較して、「仏教のほうははるかに平和的であり、宗教戦争をひきおこすようなことはなかったが、貧困や社会的不正との戦いにはしばしば失敗してきた」と言う。

ヒックは宗教について、真理へいたる信仰というものは、それぞれの土地や文化に基づいた相対的なものであると見る。つまり、たとえばキリスト教であれば、その他の宗教がキリスト教に包括されるということはなく、人や地域によって多元的に併存するとする。簡単に言えば、それぞれの宗教には良い側面もあれば、悪い側面も必ず存在する。絶対的に正しい宗教というものは、あり得ないとするのである。

<民主主義>
冒頭に掲げた言葉は、「キリスト教は富とその富が可能にする財の創造を刺激促進することに貢献したが、不断の暴力と迫害の記録によってひどく汚されてもいる」という言葉に対応している。キリスト教は資本主義の蓄財には貢献したのだが、それは数々の差別の上に成り立っている。一方、仏教はこうした差別を生み出すことはなかったが、現実的な社会問題に向き合ったとき、教理的に極めて無力であった、ということだ。

また、ヒックは仏教やヒンドゥ教について、その「彼岸性」が社会的・経済的・技術的進歩を遅らせていると指摘する。たしかに、日本が近代化して西欧なみの富を手に入れたのは仏教の貢献ではなく、むしろ西欧的な民主主義を模倣した上に成り立っている。そして、これはキリスト教と密接なつながりがあるのだから、日本はヒックの指摘するような、キリスト教の功罪を受け入れたことになるかもしれない。

<インド仏教>
彼岸である涅槃に対して、此岸は迷いの真っ只中である。貧困など社会的問題は、すべて迷いの果ということになる。しかし、仏教では自業自得に基づいた還元主義的観察によって、より根源的な個人の煩悩根絶に目が向けられてきた。仏教は自己変革には積極的であるが、社会変革には無関心に近い。仏教のテーマは個人的問題に終始する。これは場合によっては、社会という果への諦め、厭世主義へと陥る因子を孕んでいる。

<浄土教>
大乗仏教において浄仏国土という考えが出てくるが、これは唯心思想によっている。自らの心が浄ければ、自から国土も浄くなるという考え方であるので、此岸の浄化に着目しているわけではない。この世界で心を浄めることができなければ、やはり極楽浄土など、別次元の彼岸に望みをかけることとなる。浄土教は原意的に見て、こうした彼岸性の典型であると言えるだろう。

<社会への関与>
仏教が貧困や社会的不正との戦いで失敗してきたということについて、ヒックが具体的に何を指しているのかは分からない。しかし、仏教に「彼岸性」はたしかに存在し、上述のような論理によるならば、貧困や社会的不正に対して、なかなか行動原理を導き出せないのも事実である。

日本仏教には先祖供養という「生業」があるが、それは本来、仏教の本道とは言い難い。先祖供養を抜きにしてもなお、社会に働きかけるだけの根拠を持ち得るのか、今、日本仏教は大いに試されていると言えよう。

<浄土真宗>
本願寺教団は、専如ご門主の「仏法を依りどころとして生きていくことで、私たちは他者の喜びを自らの喜びとし、他者の苦しみを自らの苦しみとするなど、少しでも仏さまのお心にかなう生き方を目指し、精一杯(せいいっぱい)努力させていただく人間になるのです」というご親教をいただき、ヒックの言うような「彼岸性」を乗り越えていく可能性を得た。凡夫ではあっても、自他平等に生きようとすることは可能であり、その結果として、貧困等の社会的問題にも関わっていくことができるだろう。

おそらく「仏さまのお心」というお言葉には、阿弥陀如来の慈悲心が含まれていると考えられる。慈悲とは他者を慈しみ、また、同じ立場となり悲しみを共有していくことである。『歎異抄』には「念仏申すのみぞ、すゑとほりたる大慈悲心にて候ふべきと云々」とある。ご門主の仰せは、お念仏を申した先のあり方、つまり、私たち凡夫の歩み方をお示し下さっている。浄土真宗の慈悲は阿弥陀如来のご本願であり、それこそ「彼岸」からの妙用である。お念仏申しご本願をいただくことにおいて、「少しでも仏さまのお心にかなう生き方を目指」すことが出来るのではあるまいか。

(註略)


posted by 伊東昌彦 at 12:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 仏教 教え〜事事無礙 -jijimuge
この記事へのコメント
お友達に教えてもらい
ブログ拝見させて頂きました。
とても、懐かしい方を
近くで感じたような気分になり
何か私の知らない人の様で
不思議な気持ちになり
昔の事を思い出しましたー。
もう、20年以上前のことですものね
SNSって凄いですね・・

お元気そうで何よりです。
何かと、お忙しいかと思いますが
お体を大切になさって下さい。

これからも、ブログ楽しみに
してます。

Posted by 鈴木 愛(旧姓 黒坂) at 2018年04月26日 23:16
コメント有難うございます。久しぶりですね。もう20年以上前ですが、ついこの間のようです。ご友人の方々もお元気でしょうか?お一人、私の友人の会社を手伝ってくれているようですね。ほら、あの江戸川橋の方www。本ブログの右上に私宛てのEメールが打てますので、宜しければお願いします。
Posted by 伊東 昌彦 at 2018年05月09日 09:23
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