2017年06月08日

社会にとって必要なものとは?

多くの人が求めているもの=社会にとって必要なもの、と言えるでしょうか。需要に応じていくことは商売としては正解です。商売繁盛であれば、日本社会も良い方向にいくことは誰にでも理解できます。需要も満たされるわけなので、まさに一挙両得!

≪金魚を飼いました。ある日死んでしまった。あ〜あ、残念。さて、トイレに流すか≫

多くの人がこう思うようなことであれば、日本という国は滅んでいくことでしょう。似ているものは存在するでしょうが、神祇信仰や仏教の教えのなかで形成された日本的感覚や生命観は失われます。金魚トイレの件は合理的な側面もありますが、心は合理性とはまったく逆さま。合理的に生きようとしている人は大勢いますが、そんなの表面だけのことでしょう。

≪多くの人が家族の遺骨をトイレに流すようになったので、ご要望にお応えしまして、遺骨専用トイレが出来ました!≫

こんなもの社会にとっては不必要。求められるもののなかには、人々の勝手も多分に含まれいます。勝手がまかり通ることもあるし、自分たちだって勝手なところは多分にある。しかし、勝手で社会が成り立っているなんて、どう考えても受け入れがたい発想です。求められているものがすべて正しいなんてこと、商売に精進されている方に思ってほしくないなあ。

「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」 

近江商人の真髄です。浄土真宗門徒も多いそうです。まさに最後、「世間良し」だと思います。

posted by 伊東昌彦 at 09:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 教え〜事事無礙 -jijimuge
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