2017年05月05日

善悪とスターウォーズ

この連休かなりスターウォーズを観ています。日頃から息子たちと観ているのですが、その3倍ぐらい。ディズニー映画になったとはいえ、幼少の頃から慣れ親しんできたその世界観は変わっていません。善悪の明確な対立軸は西洋的な思考を感じますが、そこにフォースという神秘性が加わり、東洋人である私であっても、親近感を継続できる仕上がりになっているような気もします。気のせいかもしれませんが。

善悪は人にとって難しい問題です。何を基準にするのかで善悪なんてコロコロ変わってしまうからです。裏を返せば、善悪を抜きにして人を語ることは出来ないわけで、善のない世界、悪のない世界、どちらも人の世界ではないと言えましょう。スターウォーズであっても、宇宙人を含めて人の世界であるのですから、善悪が共存するのは当然のことです。悪が滅んでハッピーエンドでは、あまりにもご都合主義として言いようがありません。

フォースには善悪両面があるそうです。これは創造者であるジョージ・ルーカスが果たした最大の功績ではないかと思えます。もしフォースが善のみであり、そのフォースを使って悪を打倒するというのであれば、よくあるハリウッド映画になっていたことでしょう。まあ、それも気分爽快で良いのですが、何回も観ようとは思わないかも。

仏教においては、仏というものは非善非悪とも言うべきあり方で、人の善悪を超えていると考えます。悪も否定して、なおかつ人の善も否定していくのです。これは誤解を招くかもしれませんが、人の善というものは、上にも書いたように基準や状況で変わってしまうものです。その人都合なのです。これは極めて表面的な善であると言えましょう。悪と表裏一体であるとも言える。一方では善に見えても、他方では悪に見えてしまうからです。善ということを考えるならば、非善非悪という立場で考えていかないと、結局は善悪から抜け出せないのかもしれません。何だか小難しいことですが、人は勝手なところがあるということ、忘れてはならないことだと思います。

これからのスターウォーズでは、どうやら善悪がテーマになっていくようなのです。悪が打倒されて善の世界になったかのように見えても、ふたたび悪が勃興していく。では善とは何なのか、善だと思っていたことは善ではなかったのか・・・、とても楽しみです。

posted by 伊東昌彦 at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 坊さんが -starwars
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/179653212
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック