2017年04月20日

住職なら自分で何とかしよう!

今は弁護士事務所であっても宣伝や営業しないと厳しいようです。東京で地下鉄乗りますと、弁護士事務所の広告が目につきます。しかしベテランの弁護士さんのなかには、こうした展開を良しとしない方もおられるようです。西洋的に見れば司法は神と関係深いもののようですし、その神聖な側面を大事にされているのでしょうか。同じことがお医者さんや歯医者さん、そして学校の先生にも言えるかもしれません。宗教家がこれに含まれることは言うまでもないでしょう。

善福寺も小田急線小田原駅に駅看板を出しています。先代が広告業界にいたので、こうした宣伝活動は以前から積極的ではあるのですが、存在をアピールしないと経営が厳しいというのが現実です。お寺が営利目的でバンバン宣伝するなんて可笑しな話ですが、境内伽藍を維持して住職が生活していくためには仕方のないことだと思います。もちろん顔をしかめる住職もいるでしょう。私も葛藤がないわけではありません。坊さんの金儲けなんて筋違いもいいところですし、教義的には背信行為とも言えるかもしれません。

では、どうすれば良いのでしょうか。境内伽藍はほったらかしで良いのか。朽ち果てていくのをただ眺めているだけでは住職と言えるわけありません。伝道布教をしつつ、檀家がいれば檀家の先祖供養をし、教えと供養のシンボルとも言える伽藍を守っていかねばなりません。

そもそも多くの場合、住職家族だけで支えているお寺であれば、支出の多くは住職家族の生活費でしょう。これを何とかしないといけないわけです。生活費の支出がなければ、多くのお寺は問題なく維持されていくことでしょう。ただし、維持することになる主体は住職となります。霞を食って生きているわけではありませんし、後継者も何とかせねばならない。であるならば、檀家に何とかしてもらおうとか、そんな甘ったれたこと言っていないで、自分で何とかすれば良いだけのことです。

そこで冒頭のようなことになるわけですが、何とかするということにおいて、宗教家としての理念が欠落していることは問題です。収益事業をしても、兼業をしても、何でも良いとは思うのですが、自分が坊さんでありなおかつ住職でもあり、教えに生きているのであれば宗教家としての理念がなければ問題です。住職は職業と言えますが、坊さんであることは職業ではありません。この前提をもって生きていくべきかと思います。

ダラダラと書きましたが、これは私自身へ言い聞かせるためのことでもあります。日本仏教は出家仏教とは言えません。完全に出家されている方もいますが、ほとんど多くの坊さんが在家状態です。本来あるべき出家スタイルは根付かなかったのです。これを堕落と捉えることは簡単ですが、歴史の必然性を考えるならば、日本仏教の真髄はもしかしたら在家仏教であるということかもしれません。生活のなか、職業のなかに仏教を活かしていくのが日本仏教の存在意義と言えるのかも。

ややご都合主義になりましたが、住職であっても別に職業を持つことは問題ありません。むしろ、お寺を経営していくためのヒントが別の職業には隠れているかもしれませんし、生活が楽になれば、檀家に無理強いをすることもなくなるでしょう。お布施の金額が社会問題になるのは、生活が苦しい住職がたくさんいるからなわけで、それは私たち住職が何とかしなければならない問題です。私も兼業しています。

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2017年04月17日

逢坂の関(のこす記憶.com)

のこす記憶.com 「生死をたずねるコラム」より


逢坂の関

百人一首を暗誦されている方も多いでしょう。最近は映画の題材にもなっているようで、その人口に膾炙した存在は稀有なものです。私はもっぱら「坊主めくり」で腕を振るいましたが、情深い内容のものが多いなか、お坊さんの和歌はちょっと仏教色を出してピリッときます。

たとえば有名な蝉丸。「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも あふ坂の関」と詠みます。私訳しますと、「これがまあ、行く人も帰る人もここで別れ、知っていようがいまいが別れていくという逢坂の関なのだ」(私訳)というような具合でしょうか。なんとも当たり前のことです。だから何だと思いたくもなるかもしれません。

しかし、どうでしょうか。人は好きな方とはずっと一緒にいたいと思うものです。いつか別れがあるとは分かっていても、情においては認めがたい。人は本来、諸行無常という移り変わりの世界を生きているものです。出会っては別れ、出会っては別れの連続なのですが、それに抗って生きているから生きづらい。

蝉丸が逢坂の関で何を思ったのかは具体的には分かりません。「別れ」から何を見たのでしょう。諸行無常を思うならば、移り変わりという点の連続こそ人生です。それを「逢坂の関」という有名な場所に置き換え、当たり前のようにサラリと詠んでみたのでしょうか。知らない人ともすれ違っていくのが私たちです。出会いとはまさに不可思議なものですね。


のこす記憶.com
https://nokosukioku.com/note/

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2017年04月01日

教育勅語から思うこと

最近「教育勅語」についての言論がやや盛んなようです。政治的なことはさて置き、天皇が直接治める国として、「教育勅語」は別段奇異なことを語っているわけではないでしょう。問題があるとすれば、それが現代日本に当てはまるのかということだと思います。現代を語ることは歴史を語るより難しい。普段の生活に関係してくるようなことも含まれますし、言葉が独り歩きするのは怖いことです。だからでしょうか、「天皇論」というテーマもあまり見なくなりまして、そもそも日本は何なのかという本質的な議論が少なくなったような気もします。

私は一人の国民として、日本という国の成り立ちにはとても興味があります。もちろん神話的な側面からは明確ですが、私が知りたいのはその土台となった史実です。研究からは遠ざかるばかりの学徒ですが、物事を整理して理解したいという想いはあります。聖徳太子が教科書から消えるのかと話題になりましたが、「聖徳太子」は厩戸皇子ではあるものの、古来からの伝説や幾人かの人格が合わさった存在とも言われています。では神武天皇はどのような方であったのか、とても興味深いものがあります。伝説上の人物として片づけてしまうことは簡単ですが、何事にも原初はあります。

個人的には「継体天皇」という諡号に大変興味があります。「継体」とおくられているわけで、何やら意味深ですよね。何を継いだのか、誰から継いだのか、「体」とは何を示しているのか。そもそも「体を継ぐ」とは読まないのかもしれませんが、中国思想からすると「体」とは「身体」というよりも「本体」なので、その影響を受けていれば、国としての本体を受け継いだ人物という意味にも取れそうです。しかし、神武天皇以降であれば「体」を継ぐのは当然なことですし、敢えて「継体」とおくった意図は何なのか。かつてもこうした継体天皇についての議論があったようですが、継体天皇の周辺が日本を語る上で重要なような気がします。

卑弥呼は多くの日本人が知っていると思いますが、現代日本とどう関係するのか、ある程度の予測はつくものの、確定的なことは分かっていないようです。謎なんですね。

天皇と日本は切り離せない関係ですし、こうしたことも含めて考えないと「教育勅語」の有用性なんて議論にもならないんじゃないかと思うなあ。

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2017年03月26日

理想と厳格から妥協と緩和へ

結構ネチネチした性格なのか、自分の過去の失敗をいきなり思い出すことがあります。そこでまあ、アホらしいことですが嫌な気分になるんですよね。「こんなはずじゃなかった・・・」というように、自分なりの理想像を追い求めてしまっているからかもしれません。ネチネチ系と自己満系ですね。しかし最近、そろそろ脱皮したいものだと考えています。

過去の行動を恥じたところで、もちろんどうにもなりません。これは誰でも理解できることです。それを反省してこれからに活かすとかであれば、まあ意味あることでしょうが、それも数回ぐらいが限度でしょう。私なんてもう数えきれないほど思い出してまして、どうしようもない事です。自分の行為だからこそ納得できないのか、それとも実は心の底では他人の責任にしようとしているのか・・・。

業という仏教用語がありまして、これは自分の行為とその影響のことです。自業自得という言葉にも発展していきます。つまり、自分の行為とその影響によって、自分は今の境遇を得ていると考えるわけです。平たく言えば、人のせいにしないということです。昔の嫌の思い出というものも、全部自分の行為の結果であり、誰のせいでもありません。私はどこか人のせいにしようと考えているのかもしれません。昔から理想像を追い求めるところがある人なので、それもやめたほうがいいでしょう。

理想と厳格ではなく、妥協と緩和です。

大いに妥協して生きていきたいものです。境内清掃も6割で完成。落第しない程度が丁度いいと決めました。

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2017年03月17日

春のお彼岸です

今日はお彼岸の入りの日となります。西の彼方に沈む太陽に思いを馳せ、亡き方を偲ぶ日本的な仏教行事です。春のお彼岸はまだまだ空気が冷たいのですが、神奈川県西部は早咲きの桜が多いので、かなり華やかな雰囲気になっています。やや曇り空ですが、善福寺の桜もきれいに咲きました。

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posted by 伊東昌彦 at 11:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 教え〜事事無礙 -jijimuge