2019年12月10日

小学校の登校時間

次男は小学校6年生です。今朝も7時50分の学校開門時間に合わせて家を出ました。しかしこの時間だと、通学路に他の登校児童はあまりいないそう。多くの児童が、開門より早い時間に学校に到着して門前で待っているようです。なるほど、早起きはいいことですし、早く学校に行って友達と会いたいということもあるでしょう。私自身のことを振り返りましても、8時15分開門でしたが、時間前に門前で待っている友達もいたように記憶しています。遅いよりも早いほうがいいとは思います。

ただどうも次男の学校は早すぎるように感じます。開門よりも20分早い7時30分にはかなりの児童が集まっているようです。以前、開門時間前に登校しないように、とのお達しが学校からありましたが、あまり改善されていないのでしょう。朝から門前でガヤガヤですと、近隣の方にも迷惑がかかります。あまり早い時間に到着しますと、まだ当番の先生も来ていないような状況になるかもしれません。何かトラブル、事故や事件に巻き込まれますと、これは非常に問題です。

早く登校する児童がいますと、先生もそれに合わせて早く出勤することもあるでしょう。先生にも家庭を持たれている方は大勢いるでしょうし、お子さんもいらっしゃることもあろうかと思います。先生の働き方について、今、ようやく改善の兆しが見えてきています。先生は何でも屋ではありませんし、先生にだってご自身の生活があります。それを無視するような感覚が保護者にありますと、先生たちは疲弊してしまいます。先生になりたいと思う学生が減ってしまうとことも、もしかしたらあるかもしれません。

実のところ、早い時間に登校するということの背景には保護者の都合もあるようです。保護者の出勤時間に合わせて子も家から出してしまうというわけです。出勤時間が早い会社であれば、こういうこともあるでしょう。子を置いて出勤するわけにはいかないという事情も理解できます。しかしながら、学校はそれぞれの家庭のフォローをしているわけではありません。ましてや、先生が児童の家庭の事情に合わせて出勤するということは、教育環境のあり方としておかしいと思います。

教育というものは、まず家庭があって、そこに学校や地域が関係してきます。もちろん様々なケースがありますが、基本的には家庭中心でなければ、子の教育をすることは難しくなります。だってそうでしょう、自分たちが授かった子なわけですから、家庭中心でなくどうするというのでしょうか。先生は家庭の事情も理解してくれますし、できるだけ寄り添ってくれるよう努力をされていることが多いかと思います。だからと言いまして、保護者が早く出勤をするから、校門も早く開けてくれというのは甘えを通り越して、無茶苦茶です。

私たち保護者は、学校というものをどこか勘違いしているのかもしれません。子を主に教育するのは家庭であって、学校は副次的な存在です。歴史的に見ても、寺小屋だって江戸時代になってようやく出来たものです。寺小屋がなければ、当たり前ですが家庭で子を教育してきたのです。子を育てることは大変なことです。現代的には出費もかなり多くなります。私が小学校のころは専業主婦のお母ちゃんも多かったと思いますが、今は共働き家庭が主流です。女性が働きに出ることは大いに結構なことですが、そうしないともたない事情もあります。一般論ですが、お父ちゃんの給料が上がらないのです。

先生方は家庭の事情に合わせて早く出勤する必要はありませんが、児童が早く登校してしまうことの背景は、実際には単純なことではなく、日本の社会や経済の複雑な事情がそのまま反映されてのことと言えましょう。子を育てるには出費がかさむと書きましたが、本当にお金のかかる世の中になったと感じます。ただ、わが家では子を3人恵まれまして、それなりに元気に育ってくれている現状において、振り返れば無駄な出費も多かった。たとえば水泳教室。次男だけ幼稚園から5〜6年はやったかなあ。やってない長男のほうが泳げます。あらまあ。

水泳教室が意味ないということではありません。次男にはあまり向いていなかったのです。それを無理矢理継続させていたから、出費だけかさんだということです。習い事というものは、何でもやらせればいいというわけではありませんし、よくよく子の特性をつかまないといかんなと思いました。ちなみに私自身はと言いますと、水泳教室は見学だけで拒否、英語教室は1年ちょっと、書道は祖母に習うも遊んでおしまい、公文だけなんとか数年はもったかという始末。習い事、嫌いなんですよね、実は。泳げますけどww

私はすぐ拒否するので出費はかさまなかったかもしれません。意外と親孝行。

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2019年12月04日

喪中はありません

突然ですが、浄土真宗には喪中がありません。したがいまして、喪中葉書というものは存在しないのです。一般的な慣例にしたがっても構わないとは思いますが、厳密には存在しないことになります。喪に服すということの起源は、おそらく中国大陸にあると思います。簡単に言えば死者が迷わないよう、遺族が何かしら制限のある生活をするということになるでしょうか。浄土真宗では死者は迷わないので、とくに遺族が何かする必要もないのです。だから喪に服すことはしない。しかしそもそも、今は喪中葉書と言いつつも、多くの方が喪に服してはいないでしょう。たしか喪中であれば外出も控えなくてはならず、ひたすら位牌に向って供養しないといけないはずです。形式だけが残っているということでしょう。ただ、いかに浄土真宗でありましても、大切な方が亡くなったあとはその方を偲ぶことを優先し、できるだけ慎み深く生活したいものです。なぜならば、その方の死を縁として、自分自身の死についても思いを馳せる時間を大切にすべきだからです。

母が亡くなりましたので、さて年賀状はどうしたものかと思っていました。私はそもそも年賀状において、「おめでとうございます」の決まり文句は使いません。たしかに1年間を過ごすことが出来たということについて、心のなかにめでたいという思いはあります。人は節目がないと居心地が悪いこともありましょう。しかし仏教思想に照らしてみるならば、とりわけお正月がめでたいということにはなりません。毎日めでたい、有難い。そういう発想になるからです。諸行無常のなか生きている私にとって、明日があるかもわかりません。それがこうして、今日という1日が訪れたわけですから、とてもめでたく有難いことです。だから私は毎日、朝が一番機嫌がいいのです。起きた瞬間から回路全開になるような感じです。ブログもたいてい朝書いています。

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2019年11月12日

前回のおまけ

前回の記事で触れたダウンタウンさんの「日本の匠を訪ねて」ですが、実は「…それがよーわからんのだよね…」では終わりません。そのセリフでカメラは天井から覗いたアングルに変わるのですが、松本さんは再び「ひねりっこちゃん」とひと言。それでコントは終わります。「ひねりっこちゃん」とは制作段階の1つの名称です。つまり、よーわからんのだけれども、再び作業に入っていくという無意味な連続が表現されているのです。

よーわからんのだけれど、それでも私たちは生きているわけなんです。ややもすれば、このコントのように無意味に陥りがちなのですが、そこを何とか目的や目標を見つけて生き抜いている。でも、もしかしたら宇宙なんてすべて繰り返しで、何の意味なんてないのかもしれません。少なくとも、私たちには理解や体得のできそうにない事柄でありそうです。

仏教やインドの宗教ではそれを業(行為とその影響)によって説明しようとするのですが、繰り返していくことの意味までは説明できていません。どういう仕組みで繰り返すのかは、業によって次のステージが始まるから繰り返すのだとなるのですが、それは仕組みであって「意味」ではないでしょう。そもそも、意味なんてないというのがインド的な発想なのかもしれません。

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2019年11月10日

それがよーわからんのだよね…

週末に友人たちと3人で東京の大井町で会いました。獨協中高大時代の友人(大井町の人)と、あとは友人と言ったら本人には失礼かもしれないけど、学生時代の彼女です。別にどうでもいい話なんですが、いわゆる「元カノ」を友人と言うのもしっくりこないんですよね、個人的に。だからと言って「元カノ」なんてねえ、さらに失礼な雰囲気漂うしなあ。しかしまあ、私も彼女にとっては「元カレ」なので、そう言われても別にいいかなあ。なんだか学生時代は妙に気が合って、学年も一緒でやたらと印象深いやつだったので、とくにそう思うのかもしれません。私の人生において、家族のほか親友なみに重要なやつではあります。

それでどういう話をするのかと言いますと、それがビール飲み過ぎてよー覚えてないんですよ。私はいつも終電があるから遅くなれず、東京で飲むときは夕方の待ち合わせにしてもらっています。私に合わせてもらっているので迷惑な話だと思いますが、友人たちには感謝しています。それで4時半から飲んだので、結局たくさん飲んでしまうわけです。大井町の友人と元カノはファッション好きなので、なんだかファッションの話で盛り上がっていたように思います。私はあまり興味ないのですが、2人が楽しそうに語り合っているのを眺めていると嬉しい気持ちになったことです。

2人とも平日はとても忙しい。私とはまったく生活リズムが異なるので、よく分かりませんが、むしろ一般的なのでしょう。私はやはり住職ということもあり、特異なリズムであると言えるでしょう。2人は仕事の悩みも多そうですが、そんな話は一切せずに好きな分野の話をして過ごせたことがとても贅沢に思えたわけです。普段、私たちは結構自分を欺いて生きています。私は公私の区分が曖昧なのでそうでもないんですが、そうせざるを得ない時もたまにあるので、会社で仕事をしている方々は言うまでもないと思えます。でも、なんでそんな生き方をしないといけないのでしょう。

それはもちろん、生きていくためでしょう。どうやら生きるということは、とてもストレスがたまることのようです。じゃあなんで生きているのでしょう。これはとても素朴な疑問で、生死を自分で決めることが難しい私たちにとっては、なおかつ解決が難しい疑問でもあります。だから哲学者や僧侶は一所懸命思考したのだと思います。でも簡単に言えば、よーわからん、ってことになるんじゃないかなあ。昔、お笑いのダウンタウンさんのコントで、「日本の匠を訪ねて」というものがありました。私、大好きなんですけど、内容としてはレポーター役の浜田さんが、伝統工芸作家役の松本さんの工房を訪ねる、というもので、頑固でありながらどこか滑稽な制作過程を題材にしています。「しごみざる」とか、「ひねりっこちゃん」とか。

それで松本さんが制作している工芸品は、何かしら楽器のようなものなのですが、同時に神聖な存在にもなっており、先代制作のものは神棚に祀られています。先代から、おそらくもっと昔から伝承された技を披露する松本さんの姿からは、凄みすら感じられます。おそらく工房に入るときには、自分自身を清めてから作業に取り掛かるのだと思われます。お弟子さん(今田さん)もとられていて、その彼の朴訥さがまたいい雰囲気なんです。下積みをしているのでしょう。1つ制作するのに2ヶ月半もかかるようで、プロ用は40万円もするということです。制作過程も佳境に入りまして、入魂のような作業段階をへて完成します。

完成品は独特な風貌であり、お寺の本堂に置いてあってもおかしくないと思います。それでレポーター役の浜田さんが最後、しめの言葉を松本さんに聞くわけです、「これは何に使うものなんですか?」と。そして、それに対する松本さんの返答は、「…それがよーわからんのだよね…」。先代制作のものが神棚にあるような神聖なものを制作して、それを次世代に伝えるために弟子もとっている。それなのに、よーわからんと。あまりにも面白過ぎて頭から離れません。しかし本当に秀逸なのは、何のために一所懸命やっているのか、引いて言えば何のために生きているのか「よーわからん」のに生きている私たち人の姿そのものが、とても滑稽だと言うことにつながっていくと思えるところです。

しかしながら、私たちは何かしら目的がないとうまく生きていくことができません。目的を敢えて探すならば、大乗仏教的には「利他」ということになるでしょう。もう、それしかない。でも、利他行しなくても本当は問題なんてないんです。悪いことしてもいいってことじゃないですよ。自分のためだけに生きていても、他人に迷惑かけなければ問題ないと言えば問題ないですよね。大乗仏教的に言いましても、それを覆すだけの教理なんてないと思います。ただ、そうは言いましても、それだけでは無味乾燥な人生になりそうです。私たちは1人で生きているわけではないので、支え合いつながりのある命をいただいています。人のために何かしたくなるのはむしろ必然的であり、そうあるべき存在なのかもしれません。

利他とは「自利利他」と表現されることが多く、自分自身の利と他者を利することが同列に語られます。自利が先に来ているのは、私たちはいまだ自分中心のものの見方から脱することが出来ていないからでしょう。大乗仏教的には本来、利他のほうが先になります。そして最終的には自他平等となり、分け隔てがなくなるというわけです。私たちはこの自利と利他のはざまで思い悩むことも多いでしょう。自分を捨てるということは、なかなか出来ることではないからです。自分を欺くことはとても辛い。自利と利他がうまく融合することができれば、とても理想的な人としての生き方になるような気もします。私は会社勤めをしたことがありませんので、あまり勝手なことは言えない立場でもありますが、「自利利他円満」という言葉もあります。円は完全を意味しています。

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2019年11月05日

次世代の育成に不安

日本のお寺は今、転換期にあると言えます。伝道と経営のバランスが変わり、より経営に重きを置く必要が出てきていると感じます。こうしたなか、お寺では後継者育成を仏教の勉強・修行だけに特化するわけにもいかず、法人経営者としの勉強も必須となっていくかもしれません。しかし、仏教と経営は同じベクトルではなく、仏教思想を経営に活かすことは可能であっても、根本では異なる価値観をそれぞれ持っています。場合によっては混乱するかもしれませんし、うまく消化できないかもしれません。いずれにしても次世代は大変だと思います。

有難いことに善福寺にも後継者候補たる息子に恵まれたわけですが、住職としてどう導いていけばよいのか不安です。私自身は半ば荒廃しかけた状況を何とかしたいという思いで必死なだけで、計画なく進んで来てしまっただけです。自分と同じようにせよと言ったところで、状況が異なりますので彼も困るでしょう。そもそもやりたくないと思っているかもしれませんが、今はまだ私の言うことを聞いているだけです。来年度は中学生となりますが、どんどん色々なことを学ぶことでしょう。視野も広がります。親の言っていることに疑問も持つことでしょう。

お寺に生まれてしまったことは、たしかに住む場所には困らないのですが、自由はあまりなく制限のある生活をしなければならないことを意味します。とは言いましても、住むところはあるわけですから、坊さんにあまり魅力を感じなくとも、ひとまず僧籍をいただきまして、それから自分のやりたい事をしつつ、独自の坊さん像を作り上げていくのもいいと思います。息子にはお寺一色である必要はなく、色々なことにチャレンジするなかで住職としての素養を身につけてほしいと思っています。むしろ、そういう言い方しないと後継者になってくれないかもしれません。
posted by 伊東昌彦 at 12:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii