2018年02月19日

少し瘦せました

塩分控えめ食事、そして節酒によりまして、3キロほど痩せました。嬉しい。しかし、あまり外食しなくなったので、ストレスたまりそうです。普段からお寺にいることが多いので、実は外食が結構なストレス発散だったのです。

何事もバランスだと思いますが、体と心のバランスは難しいなあと思っています。


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2018年02月10日

神奈川県立足柄ふれあいの村

南足柄市には「神奈川県立足柄ふれあいの村」という施設があります。市内や近隣市町の小学生は学校で1泊することもあり、地元ではお馴染みです。しかし、おそらく県内でも、かなり知られてはいないでしょう。なかなか楽しそうな施設なので、もし何か機会がありましたら、是非どうぞ。

http://ashigara-fureai.com/

なお長男の学校でも中1はここで1泊でした。しかも、部活合宿もここだそうです。東京や横浜から来ている友だちにとっては、「どこだそれ〜」ですが、長男にとってはあまりにも馴染みで、歩いても行けてしまうわけです。

南足柄、大雄山、都心からも近くでありながら、なかなかの秘境です。
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2018年01月26日

今年も捨てられそうにありません

私は結構ネチネチしていまして、後ろ向きなことの多い性格です。過ぎ去ったことの記憶は無意識のうちに取捨選択されるものですが、どうも捨てられないようなのです。う〜む、たしかに昔のおもちゃとか、とにかく執著心があって捨てられません。何か勿体ないなあとか、何か得なことあるかもとか、また、そもそも思い出に縛られて捨てることが出来ないのです。そしてまた、こう書いていても、なお決して捨てようとは思っていません。重症です。

小学校や中学校での出来事を大人になってから頻繁に思い出します。自分の失敗とか、恥ずかしい出来事とか、何故か後ろ向きなものばかり思い出すんですよ。困ったもんです。楽しいことや嬉しいことも、そりゃ思い出しますが、嫌なことを思い出すことのほうが多いように感じます。なんでかな〜と考えてみましたところ、これは恐らく私の性格に原因があるようです。私、敢えて言えば「こうあるべき論者」なところがあるので、多分それでしょう。

たとえば勉強。結局、勉強はあまり得意にはなりませんでしたが、小学校4年生頃までは優秀なほうだったと思います。もちろん、その後に猛烈に抜かされるのですが、脳だけは早熟だったのかもしれません。また、勉強以外でも小学校では絵や作文はやたらと得意で、よく区の展覧会などに出展されていました。つまり、大人からよく褒められる子だったわけですね。性格も荒っぽくはないので、まあ、いい子ちゃんだったわけです。

しかし、10歳を過ぎたあたりから伸びていかない。周囲の期待は分かるんだけど、どうも才能がなさそうで、しかもそれほど努力家でもない。自分のなかで「こうあるべき」なのに〜、という思いだけが増幅していたのかもしれません。どうしようもないです。高校で諦めました。ま、こんなもんかなって。しかし、それでマイペースに生きることが出来るほど器用ではなく、やっぱりどこか人より秀でていたいという欲求と、それが達成されないことからのジレンマは尽きることなく、今に至るわけです。

性格、つまり心というものは、とにかく厄介です。劇的に変化することはない。仏教的に言えば、すべての行為やその影響の蓄積が心であるからです。蓄積されたものは、自分の意思で捨てることは難しい。自分の心の奥底まで、普段の意思で触れることは出来ません。生まれながらの性格もあることでしょう。しかし、仏教的に言えば、それも前世からの蓄積によって成り立っている性格となります。捨てるということは、とにかく難儀なことなのです。

自分の失敗や恥ずかしい出来事を思い出すというのは、「こうあるべき」自分とかけ離れた現実であったからでしょう。納得できないので捨てられない。いつまでも蒸し返すわけです。こりゃ死ぬまで、いえ、行為やその影響の蓄積は来世に持ち越されるので、一気に解脱できないかぎり、来世でも同じことの繰り返しでしょう。治るもんじゃありません。

(ああ、一気に解脱できる浄土真宗で良かった。)

裏庭に納屋がありますが、そこはもう、私や兄が幼い頃に使ったもの、まだ段ボールに入ったままなんですよね。今年こそ、きれいに片づけようと思っています。ただ、片づけていますと、つい懐かしくなり、古い漫画を読みだしてしまったりするので、まあ、無理でしょう。

ダメなものなダメでいいので、当分このままですね。
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2018年01月15日

朝のお経は7時から

狭心症は寒さによって引き起こされる場合もあり、今回も朝のお経のあとでした。朝の本堂はとにかく寒いのです。毎朝6時からのお経にしていますが、実はほんの15分前ぐらいに起床しまして、急いでお経をあげるという状況でした。狭心症の発作は朝方に起きやすく、とくに寒い冬場は危険性が高まります。私の場合、起きてからすぐといことが多かった。

心臓のウォーミングアップを兼ねて、5時に起きて準備をすれば良いわけですが、あまり自信がありません。なので、今までお経のあと、子を駅まで送りまして、それから朝食、というパターンで来ましたが、朝食のあとにお経をあげることにしました。だいたい7時頃になるので、これからは7時からお経ということにしたいと思います。

坊さんなら早起きすべきところですが、どうもダメだということが判明しています。まあ、もう中年だから良いということにしまして、ゆっくりお経をあげたいと思います。ちなみに、善福寺の場合、坊守であるカミさんが、子のお弁当を作るため、月曜から土曜毎日、朝4時50分に起床しています。長女は土曜休みですが、長男の学校は土曜もお弁当があるのです。ああ、大変だ。すごい!有難う!


合掌

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2018年01月13日

心臓カテーテル検査を受けました

狭心症の発作があり救急車で運ばれました。即検査と即入院3日間。毎朝6時前後にお経をあげるわけですが、お経のあとの胸痛でした。寒いからかなあ。でも、年末から忘年会続きでしたので、お酒もかなり多かったし暴飲暴食だったと思います。5年前にも搬送されまして、その時は「疑い」という診断でしたが、今回はもう「狭心症」との診断、そして、おまけに動脈硬化が見られますとのことでした。

ストレスと悪玉コレステロールが大問題のようで、塩分もかなり抑えるように指導を受けました。ストレスは溜まっているんだろうなあと思います。住職は皆そうだと思いますが、とにかくお寺を空けることが出来ないので、敢えて言えば「軟禁状態」のようになります。常に頭からお寺のことは離れません。まあ、これは社長さんも同じかと思いますが、私の場合、もう入寺して10年以上になりますが、結構な負担だったのかも。すごい神経質なほうで、しかも、どうでも良さそうなことを真面目に考えたりする性格です。

食生活は外食が多いのが問題です。父親のこともあり、家ではお酒は飲まないことにしているので、お酒を飲むなら外食となります。これ良くなかったですねえ。お酒はいきなりやめられそうにないので、少し減らそうと思います。お味噌汁大好き、ラーメンスープ完飲、揚げ物大好き・・・、挙げたらきりないですが、食生活も大幅改善しようと思います。

さて、少々病院でのことを書いてみたいと思います。朝方救急搬送されまして、先生の診断の結果、即心臓カテーテル検査をしました。即座に受けられたのは幸運だったと思います。実は私、入院はもちろん、こうした簡単な検査手術も初めてで、心のなかではかなり動揺していました。しかし、看護師さんの迅速な動きに身を任せていますと、不思議に動揺もなくなり、なんとも安心した境地へ突入。あっという間に、股間の毛を剃られてしまい、そして尿道カテーテルを先生に入れてもらいました。これがちょっと、と言うか、私は初めてでしたので、実はすごい痛かった。

検査は右足の付け根から細い管のようなものを血管に入れまして、心臓の冠動脈にあると思われる血管の収縮を確認し、ある程度治療するというものでした。足の付け根に麻酔をしたわけですが、血管に挿入している最中、これまた結構な痛みでした。麻酔を追加してもらい多少は和らぎましたが、なんとも言えない違和感のなか、検査は進んでいったのです。

検査は冠動脈の写真を撮ると同時に、わざと狭心症を発症させて、それをニトロで抑えて症状を確認するというものもあり、これまた苦しいものでした。ニトロを入れてもらえば即緩和されるので大丈夫なのですが、あの痛みが再来するというのは気分の良いものではありません。ただ、先生がいて下さるので、安心して身を任せることができ、あまり不安はありませんでした。

検査後の4時間は絶対安静とのことで、ベッドで横になり、左足と両腕以外は動かすことができませんでした。私は腰痛持ちなので、腰や背中が痛くなり、これを我慢するのが大変でした。また、尿道カテーテルがうまく合わないのか、痛みが続いておりまして、これは4時間経過後、抜いてもらいました。しかし、その後がもう大変。トイレには翌日朝まで行けないので、ベッドの上で用を足すわけですが、これまた出ない。神経質な私にとって、カーテンがあるとはいえ、大部屋でするというのは難儀なことでした。結局、我慢も限界に達したので、看護師さんい無理を言いまして、一人でいられる処置室へ移動。そこでようやく用を足すことが出来ました。もの凄く幸せな気分でした。

2日目はとても暇で、読書とスマホとゲームで何とか時間経過を早めました。ゲームは意外と続かず、読書が一番良かったです。スマホは充電が切れました。絶対安静時以降は体の痛みはほぼなく、安穏に過ごすことが出来ました。

3日目は退院前に先生から診断を受け、今後の指導もいただきました。先生の説明は非常に分かりやすく、狭心症の危険性もちゃんと認識出来ました。看護師さんにも親切にしていただき、感謝の思いでいっぱいです。

なお、入院中にお葬式がありまして、ご葬家には申し訳なかったのですが、後輩のお坊さんに助けてもらいました。用事があったようなのですが、快く引き受けてくれました。感謝です。有難う!

posted by 伊東昌彦 at 08:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 仏教 住職恣意 -jyushokushii