2012年05月19日

川崎市高願寺さまの試み

川崎市の高願寺さまでは、古民家を移築して「至心学舎」が建立されました。至心学舎は講演会や講座など、多目的に使用できるそうです。しかも、お寺の関係者のみならず、広く市民に使っていただきたいという願うも込められています。

多くの場合、お寺は施設も立派で広い敷地を持っています。しかし、どうも使い勝手が悪い。簡単に言えば門戸が狭いわけです。

高願寺さまの試み、私も大いに刺激を受けました。お寺の門戸は常に広く開かれていなければなりません。仏教は限られた人のためのものではなく、万人の教えだからです。

高願寺さまWEBサイト
http://www.kouganji.net/index.html

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2012年05月15日

南足柄「六福寺めぐり」バスツアー

南足柄「六福寺めぐり」バスツアーを開催します!!

なんと、お坊さんと一緒!!!

私と先輩のお坊さんでガイドをします。神奈川県西部、南足柄の歴史と仏教にふれる企画です。

日時:6月6日(水) ←六福寺の日(安直ですが・・・) 
   午前9時〜午後2時頃まで

集合:伊豆箱根鉄道大雄山線和田河原駅 
   午前9時に集合

コース:和田河原駅〜福田寺〜善福寺〜天福寺〜アサヒビール神奈川工場〜弘済寺〜廃寺善福寺〜長福寺〜龍福寺〜大雄山駅

費用:1500円(一人、昼食つき)

申し込み:善福寺(事務局)0465-74-0371

初めての企画です。ドシドシお申し込み下さい。

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2012年05月13日

最近ある公園墓地に思う

新聞記事によりますと,線香も卒塔婆も禁止という公営霊園があるそうです.よく見れば,私もお参りしたことのある霊園でしたが,たしかに卒塔婆はもちろん,線香もあげなかったと記憶しています.私の属する宗派では卒塔婆は用いませんが、線香は頻繁に用います.施主さんがお忘れになっただけかと思っていましたが,禁止なわけなのですね.

マンションがいくつも建つ周辺環境を考慮し,霊園の雰囲気をかもし出す卒塔婆はもちろん,線香も禁止としたようなのです.墓地には花が供えられ,シンプルで同型の名前プレートが芝生の上に整然と並びます.映画で見るアメリカの墓地が,まとまって縮小された感じだと思っていただければ良いと思います.公園の一画にあっても,ほとんど違和感はありません.

都市型墓地として,これからもこうしたスタイルは出てくるでしょう.仏教のスタイルではありませんが,人の思いや考えは様々ですし,真っ向から否定するつもりはありません.しかし,やはり冷たく無機質であり,お墓本来の機能を満たしていないと感じます.お墓は遺族の「思い」が集まる場所です.それぞれの「思い」を形にして良い場所だと思います.私のところでは,かつて境内に,ゴルフが生前大好きであったという故人のため,ゴルフボールがいくつも供えられているお墓がありました.もちろん,墓地を建立するときの規約はあります.周囲のお墓に迷惑となるような祭祀形式はご遠慮していただいておりますし,奇抜なお墓は,あらかじめ相談していただくことにしております.とは言いましても,やはりそれぞれの家で,それぞれの色が出るのがお墓です.「思い」が反映されているわけです.

全てが同じ形式で整然とあれば,たしかに公園にはマッチするかもしれません.しかし,お墓と公園はそもそも役割が異なります.なぜ一緒にしたがるのか,私には不思議です.故人と向き合うということを,意識的に避けている結果,「公園墓地」というものが生まれるのではないでしょうか.大事な方との別れのつらさを,感情の起こりにくい無機質なスタイルと,その表面的な美しさで覆い隠しているだけのような気がしてなりません.

坊さんの立場なので,少し考えすぎでしょうか.

いずれにしましても,全てが同じ形式で整然とありますと,感情や文化,それぞれの生き方,個性というものが,簡単に失われてしまうのではないかと感じます.

お墓は「思い」が集う場所でもあります.

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2012年05月11日

PTA役員も終了

明日,地元市PTA連絡協議会の総会があります.これで役目は終了.う〜む,2年間大変でしたが,いざ終えるとなると寂しい.

また復活しそうな気配が・・・.嫌がられるかもしれませんが.多方面で.

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2012年05月08日

三度アニサキス

三度アニサキス(サバなどにいる寄生虫,胃壁に食いつくと激痛をもよおす)を食べたようです.どうもダメな体質らしく.いつも私だけ.今回は発症が軽く,始めは単なる胃痛かと思っていました.しかし,どうも雲行きが怪しく,ああ,これアニサキスくさいなあと,今日思ったわけです.

初回と二回目は内視鏡で取ってもらいましたが,今回はこのまま収まりそうな気配です.もし明日も回復しないようでしたら,お医者さんに取ってもらおうかと思います.

それにしても,飲食ともに制限がかかってきて,結構つらい日々です.

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2012年05月07日

唯識思想,ムカデに教わる

昨日,長男が庫裏(お寺の住居棟)でムカデにかまれました.足がイテ〜イテ〜言うので,何事かと思って見てみますと,かかとが赤く腫れ上がっておりました.はじめは蜂かと思いましたが,刺された跡がありません.とりあえずキンカン塗りましたら,やはりイテ〜イテ〜と言いますので,やはり何かに刺されたようでした.蜂かなあと思いまして,患部を思いっ切り冷やしていたところ,ソファーの下よりムカデが登場.立派なヤツでした.冬を越したのでしょう.子どももいるので,仕方なく退治しました.すると,カミさんがパソコンのところで騒いでいます.どうやらムカデにかまれた場合,患部は冷やしてはいけないようです.逆に暖めるとのこと,急いでシャワーで暖めました.痛みは数時間でとれたようでしたが,連休最終日に突如大騒ぎになってしまいました.実は私,スズメ蜂にもアシナガ蜂にも刺されたことがありますが,ムカデはいまだかつて未経験で,即座に症状が分からなかったのでした.長男は家族で唯一ムカデにかまれた経験を有し,今後,これは人生の糧になるでしょう.

なお,ムカデは二匹で行動することが多いようなので,もう一匹いるのではないかと,庫裏を捜索しましたが,発見はできませんでした.寝るときも子どもは騒いでいましたが,かまれることはありませんでした.実は・・・,私が一番ビビッてました.

ところで,今朝,寺務所に入りましたら,電灯をつけたとたん,ビクッ!!うわぁ,いた,ムカデ!!!かと思いましたら,紙袋の手提げヒモでした.ちょうどサイズはピッタリで,白い紙袋に張り付いているかのように見えたのです.

仏教の唯識思想に「蛇縄麻の譬え」というものがあります.これは私たちが様々な先入観をもって物事を捉え,自ら真実を見誤っているということを指摘したものです.すなわち,夜道に「縄」があったものを,これを「蛇」だと思い驚いた.しかし,よくよく見ればそれは「縄」であり,安心することができた.そして,さらに思い凝らしてみるならば,「縄」も元は「麻」でできたものであり,「麻」が集まったものが「縄」なのだと,「縄」の本質に気づかされた,というものです.

「蛇」だと思うのは,私たちに余計な先入観があるからで,これを「遍計所執性」(へんげしょしゅうしょう)と言います.また,「麻」が集まって「縄」となっていること,これを「依他起性」(えたきしょう)と言います.そして,最終的に「縄」が「麻」であったと気づかされるところ,これを「円成実性」(えんじょうじっしょう)と言います.これらを合わせまして,よく「唯識三性説」と言っています.

私はこの三性を今朝,実感することができました.ムカデに感謝です.退治してスマン.

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2012年05月04日

お寺を長続きさせるため

日々,お寺を長続きさせることを考えています.お寺はやはり仏教発信の拠点となるべきだと思うからです.お寺がなくなれば坊さんも消滅します.教えは残りますが,実践者がいなくればれば,古典文学の1つとして研究されるのみとなります.「昔はこんな宗教もありました」,ってな具合で学会を賑わすでしょう.

色々と奇抜な方法も有り得ますが,まずは基本が大切です.地元に向けての仏教発信.そして,お寺をより身近に感じてもらうよう,仏教講座や趣味の会などを開催することも良いでしょう.法話会や坐禅会,書道教室や茶道教室,合唱団などがポピュラーです.街中では文化センターなどでも同じようなことをされていますが,お寺でやったほうが雰囲気いいじゃないですか.私はそう思います.もっとお寺を使いましょう.

しかし,実は私自身,なかなか腰が重く,実践できていません.だから敢えて書きました.やらねば始まりません.

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2012年05月02日

合唱団を結成するぞ

お寺で合唱団を結成したいと思っています.合唱団をやられているお寺は多いようですが,近所では聞きません.御詠歌の会はあるようです.ただ,我が宗は仏教讃歌が盛んですので,合唱団がフィットします.私もかつて小学生の頃,学校の合唱団に入っていました.途中で抜けてしまいましたが,今でも歌は好きです.

早々に実現したいと思います.

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2012年05月01日

昨日は水族館に

昨日、久しぶりに江ノ島の水族館に行ってきました。水族館好きなのです。ちょうどイルカショーの開催時間でしたので、メチャ混みのなか、少しだけ子どもと見てきました(肩車で肩チョー疲労)。

イルカは餌をもらいながら、よく芸をしてくれました。イルカさん、有難う!「腹減ってんだろうなあ」、と思いながらも、ジャンプのときには「おお〜!凄い!!」と思いました。よく訓練されているものです。調教師さんと良く息が合っていました。

もしイルカと人間が逆の立場でしたら・・・。イルカには感謝せねばなりません。人間にとって水族館は楽しいけど、入っている彼らは海のほうがいいよね。おそらく。まあ、人間社会で出来上がったものは、何でもそうかな。

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2012年04月29日

車は危険

最近車を運転していますと,とくに高速において,「ああ,このスピードって人の力をはるかに超えているなあ」と,漠然と感じることが多くなりました.しかも,そのスピードは自分のハンドルにかかっているわけで,恐ろしさも同時に感じます.車には安全装置のようなものはありませんし,よく考えますと,かなり危険な乗り物です.

私はもともと車が好きで,小さい頃はカウンタックの消しゴム(スーパーカー消しゴム)なんかを集めていました(世代としては私の兄の頃かなあ).ヨーロッパ車のデザインは日本車にはないものがあり,今でもカッコいいなあと思います.しかし,車はあくまでも基本は道具の一種ですし,そう考えますと,刃物と同じくらい危険です.

都心では車がなくても生活はできます.しかし,郊外〜田舎では難しいのが現状です.田舎の典型的な風景は,車はたくさん,歩行者ゼロです.とにかく老若男女,多くの人が車を運転します.都心に比べますと,軽自動車が多く,いかに生活の道具であるのかが分かります.

全国で大きな交通事故が相次ぎ,何人もの犠牲者が出ました.交通事故で犠牲になるのは,子どもや高齢者が多いようです.お寺の下の交差点,前にも書きましたが,危険がいっぱいです.変則的な交差点で,車からの死角があるのです.GW明け,少し交差点で様子を見てみようかと思っています.

車はレールもなく,自由に走り回ることができます.しかも,操作は極めて簡単で,多くの人が免許を取ることが可能です.しかし,だからこそ危険なのです.田舎であっても,車をそれほど使わずにいられる街づくり,何か方法はないものでしょうか.

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